浜松からやって来た衆ら

2015年02月20日
 成田湯川駅から下総松崎駅まで歩いた後は、一駅だけ成田線に乗って成田駅へ。

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 成田市街は過去の北総滞在の折にも訪れており(→●□●□)、4回目になります。せっかく来たので参道を散策しようとしたところ、駅前交差点を曲がってすぐのところで大師堂に遭遇。

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 由来の案内板などが見当たらなかったのでどういう位置付けの御堂かよくわかりません。門柱に刻まれているのは「安心立命 転迷開悟」。玉垣は成田山新勝寺のそれと同じような寄進者銘がつらつら。なんとなく全体的に関東チックな風情を醸しだしております。
 いちおう拝んでおこうと敷地に入ると、隅の方にこのような石碑が。

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 「浜松市向上講」なる講社が昭和2年に建立した「石門敷石寄付芳名碑」だ。細かい文字を子細に眺めると、見知った浜松の町名がびっしり。なぜか名古屋、岐阜、大垣の人の名も少しだけ混じっていますが、ほとんどが旧城下町の人。なんの団体なんだ?浜松の郷土史家に、この碑に記された面々がどういった人なのか調査してほしいところ。
 それにしても、成田山詣では関東ローカルのレジャーかと思っていたが、成田山の影響力は浜松にまで及んでいたということだろうか。三河以西では聞かない気がするが…。

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 大師堂の先に続く成田山新勝寺の参道にはウナギ屋が軒を連ねています。毎年土用の丑の日には「成田うなぎ祭り」なるイベントも開催されているほど、成田=ウナギのイメージが関東では根付いているらしい。

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 もしかしたら「浜名湖産ウナギ使用」を謳うウナギ屋が一軒くらいあるんじゃないか?と思って一軒一軒ショーケースを覗いてみたのだが、せいぜい「国産うなぎ使用」程度で、残念ながら浜名湖産の文字は見当たらず。
 店先に人だかりができているこの店は「川豊本店」。なぬ、三河の豊川がらみ!?って、そんなわけないか。「そう」で「三遠南信産××育ち」という企画をやっているので(→●□)、このところなんでもかんでも三河遠州に関連付けようとしてしまう癖がついているのであった。
(まさ)
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千葉雑 | Comments(0) | Trackback(0)
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