豊根クラ紀行

2015年02月03日
 熊谷家住宅訪問のあと、背後の山の裏側にある「ゆ~らんどパルとよね」のほうへも久々に行ってみまして、これまた10年ぶりくらいに熊野神社にも参拝しました。

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 上黒川の花祭が行われる神社ですので、祭り好きにはよく知られていると思います。
 ここの石造物はあまり観察したことがなかったのでじっくり拝ませてもらっていたところ、拝殿の後方にまわるとこのような小ぶりな蔵を発見。

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 これはもしかして奉安殿か!?
 奉安殿とは、戦前の学校に必ずあったもので、中に御真影と教育勅語が収められていました。子供は朝学校に来たら一礼して教室に入ったそうです。その多くは戦後に取り壊されたようですが、ごくわずかながら生き長らえて、神社などに移設された例が愛知県にもあります(大高のこれ→●□とか。他に碧南にもある)。
 形からして奉安殿のようだし、よく考えてみると、上の写真右のある大きな建物(花祭の会所)も小学校の施設っぽい。これは熊谷家住宅に戻って聞いてみるべきか…と思ったけど、このあと豊橋に急ぎ帰らねばならない用事があったので、いずれまた聞きに行きます。

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 なお、豊根小学校の前身である黒川小学校の跡地は、神社裏に通じるこの道を少し登ったどん詰まりになります。
(まさ)
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東三河雑 | Comments(2) | Trackback(0)
Comment
No title
これは奉安殿でしょうね。
鉄の扉と大きさ、、他に思い当たらないですよね、こんな建物。
国民学校には必ず設置されてた訳で、豊根の山中(失礼)だって当然有ったでしょうし。壊すには忍びないとか色々思い入れがあって残ってるんでしょうね。
しっかり作ってあるからそう簡単には壊れないけど、大きさから倉庫にしては小さい気もします。何に使ってたんでしょう。花祭りの鬼の面とか道具を入れてたかも、、。
No title
やはり奉安殿ですかね。花祭の道具入れかは不明ですが…。

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