過去の豊鉄バスにおけるバス停のバリエーションの件

2014年12月22日
 信南交通のバス停の書体が味わい深いということを書いたついでに、昔は味わい深かったトヨテツのバス停のバリエーションを紹介します。
 90年代前半まで、トヨテツバスでは3種類のバス停を使用していました。

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(1995.03.22撮影)

 豊橋、豊川の市街地の主要路線に多かった電光式四角柱のタイプ。実に味わい深いデザインと手書き文字。名古屋市バスでも使われていましたが(今もあるのか?)、市バスと違ってトヨテツは手書きだったのがポイント高いです。
 写真は二川・新居町行きのJR東海バスと並んで立っていた前田橋バス停。

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(1995.05.11撮影)

 運転本数の多い主要路線で使われていた、赤白青の大型円板タイプ。配色から俗に「フランス型」と呼ばれていました。手書きタイプは青の部分に次の停留所名が記されることが、フォントタイプは広告として近所の店が入ることが多かったように思います。
 写真は春夏秋冬叢書最寄の菰口町バス停。吉田方小前の通りだが、こんな街路樹あったっけ?全然記憶にない。

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(1993.10.22撮影)

 トヨテツでは、平成5年から主要路線でバスロケーションシステム対応のバス停に置き換えられました。こう言ってはなんだが、あまりデザインに気を使ってない…。ところが、後年導入されたバスやバス停の色はすべて緑が基調になった。ナゼ?名鉄と距離を置きたかったのだろうか?
 写真は、愛大在学中のアパート最寄だった小松原街道沿いの西の原バス停で、切り替わる直前に撮ったもの。以前、ここから北山交差点までは、交通量が非常に多い県道なのに歩道がきわめて狭く、北山交差点は渋滞名所でした。たしかこの年の春に第一期拡幅工事が完了しています。

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(1993.12.03撮影)

 運転本数の少ない系統や、主要路線でも辺境区間で使われていたのは、赤白赤の小型円板タイプ。こちらは「オーストリア型」と呼ばれていました。
 写真は、豊川駅前と和田辻を結ぶ豊川和田辻線の当古バス停。たしか撮影した少し後に廃止されました。晩年はほとんど回送系統みたいな路線で、乗ったことはもちろん、走行風景も見た記憶がありません。そして背後には例によってHINOMIが!。この頃、火の見櫓にはほとんど興味がなかったので、このような中途半端な撮り方になってしまった。

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(1993.12.03撮影)

 このオーストリア型バス停は、90年代前半から老朽化したものをフォント使用タイプに置き換えています。やはり丸ゴシックよりも手書きのほうが断然いい。写真は、これも廃止になった西郷線の小野田口バス停。

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(1994.12.22撮影)

 最後にイレギュラーをひとつ。牟呂循環線の往完町バス停は、なぜか電話ボックスに「豊鉄バス」のサインが!どうゆう事?豊鉄の依頼で設置された電話ボックスなのか?そもそも、公衆電話のあるバス停というのも珍しいが…。
 なお、文中の「フランス型」「オーストリア型」と呼ばれていた、というのはウソです。
(まさ)
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東三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)
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