カンバンの手帖ブログ版0287

2014年12月19日
 発刊から少し日が経ってしまいましたが、三遠南信エリアの地域雑誌、春夏秋冬叢書の季刊誌「そう」45号が発売中です。

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 今号のキーワードは「千」ということで、女性取材記者(まり)は千歯扱(せんばこき=稲穂をこぎ落すのに使われた昔の農具)の製造者の謎を探るべく探偵みたいに西三河各地の資料館をうろつきまわり、わたくし(まさ)は毎回やってる地名探訪と「三遠南信産××育」を担当しました。
 で、今回取り上げた千の付く地名は、飯田市の南東端に位置する千代地区。飯田市民以外は「どこそれ?」って感じでしょう。天竜峡駅のひとつ豊橋寄りの千代駅の(→●□)東一帯になります…って、ぜんぜんわからんと思いますが。ヒマな人は各自ネット地図で調べてくださいませ。

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 千代の中心集落は米川といい、商店が連なりちょっとした町場が形成されています(→●□)。天竜峡方面からダラダラ続く坂道をぐいぐい登ってゆくと、唐突に「町」が出現するから驚かされる…のは僕だけ?たとえて言うなら天龍村平岡や、阿南町新野や、南信濃村遠山なんかと同じ雰囲気…と言って分かってくれる人も少ないか。
 なにしろ、これといった名所も特異な民俗芸能もないので、一般の人の興をそそることはまずないと思います。そんなところをなぜ取り上げたかというと、僕はこういう町に興をそそられるからである。
 そんな米川に一軒ある床屋さんが、なかなか目立つビニール製ポスターを掲げていました。

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 古い家族写真をこのように使うとは斬新なアイデア。「これは誰それだに」「これは××ちゃんのおじさんだら」等、地元の人の話題が弾むこと必至だ。

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 そして店のマーク(?)もかなり斬新なのであった。
(まさ)

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(2014.12.30追記)
 学生時代、千代駅~米川~時又駅と歩いたときのアルバムから、建て替え前の千代郵便局の写真があったのでアップしておきます。昭和後期のスタンダードな特定集配局舎です。

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(1995.01.20撮影)
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伊那谷雑 | Comments(2) | Trackback(0)
Comment
No title
表紙はなつかしの119系の写真なのですね!
No title
山本広務さんがけっこう前に三河槇原で撮られたものです。

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