のぎやん0009

2014年12月05日
 先日奥三河方面へ出向いた帰り、数年ぶりに旧額田町の桜形を通りまして、クルマの方向転換のため形埜学区市民ホームの駐車場に入ったところ、久しぶりに忠魂庭に遭遇。

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 そしてそこでは、これまた久しぶりに乃木希典像にお目通りかなった!いや~、こんなところで車の方向転換をしようと思うなんて、のぎやんに呼ばれているとしか思えませんネ!

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 近づいてみると、乃木像の後ろには二宮金次郎像も立っておられた。見事なツーショットである。東栄町の旧中設楽小では二体が仲良く並んでおりましたが(→●□)、こちらは忠魂庭ということもあってか、金チャンが後ろに控えているという構図です。
 なお、お世話になっているSさんの金次郎研究サイトによると、この場所は形埜中学校の跡地とのこと。

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 あと、近くの廣祥院というお寺にも味わい深い石仏がたくさんありました。実は、桜形は知られざる「像の里」なのかも知れない。
 話を聞こうにも誰もいなかったので、いずれまた調査に来たいと思います。

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 これが「像の里」の風景である。実にシブい。ここは旧形埜村の中心部で、極小ながら町場が形成されています。10年前には、この写真の真ん中あたりにHINOMIがありました(→●□)。
(まさ)

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◎のぎやんシリーズ 
0001豊田市林添町→●□
0002豊田市(旧旭町)杉本→●□
0003東栄町中設楽→●□
0004蒲郡市三谷→●□
0005名古屋市中村区名駅5→●□
0006常滑市古場→●□
0007安城市高棚→●□
0008高浜市大山公園→●□
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西三河雑 | Comments(2) | Trackback(0)
Comment
No title
ココの乃木大将が、元々中学校にあったかどうかは調べていませんが、当時学校に像を寄付する人たちの思い入れ・思想の違いで金次郎像にするか軍人像にするか楠公さんにするかが決まったんだと思います。
戦後GHQの命令なのか自主的なのか軍人像は撤去されました。
乃木像と金次郎が並んで建ってるのは珍しいというかよく分からない状況ですね。
それにしても三河山間部の廃校の山。
そのうち小学校すら無くなっちゃうんじゃないんでしょうか。子供いないもん。
乃木さんの乗ってる石、金次郎が元々乗ってた石だと思います。
移転する時、間違えちゃった、、、。
ってことかな。
No title
建造資金の寄付者が、保護者・卒業者グループか在郷軍人会の違いという線はどうでしょう?

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