さらば名店街ビル

2014年12月01日
 刈谷の昭和遺産として一部マニアにのみ注目を集めていた二つの物件が取り壊し真っ最中ですので、お知らせいたします。

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 ひとつは市街中心部の東陽町にあった住商複合ビル「刈谷名店街ビル」(→●□)。サヨウナラ。
 4月に見に行った時すでに居住者の移転は完了しており、その時、裏側を少し撮ってきました。取り壊されちゃったのでもう差し障りはないでしょうから、出しておきます。

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 通路である。

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 店舗の共同手洗い場?だと思われる。

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 むかし刈谷にあったらしい「オリオン牛乳」の牛乳箱である…って、刈谷牛乳(→□)以外にもメーカーがあったのか!さる研究者に問い合わせたところ、チチ広乳業というメーカーのブランドだったとのこと。
(まさ)

(2015.11.07追記)
コメントいただきましたので、私が所蔵している名店街ビル建築前の刈谷市鳥瞰図を上げておきます。昭和27年の刈谷市勢要覧の折込付録です。
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※クリックで拡大します
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西三河雑 | Comments(2) | Trackback(0)
Comment
No title
こんばんは。
刈谷名店街はいつか撮りに行こうと思っていたら無くなっていた心残りの物件です…今、Googleのストリートビューで刈谷名店街を見ていたのですが、刈谷名店街のマークの真下あたりにある入口の横に、「TOYO AMH」と書いてあるのに気づいたのです!東陽アパートメントハウスという意味なのでしょうか…
先日、解体された後に見に行ったら、裏側にあった木造住宅がひとつ残っていました。が、ただの木造住宅ではなく、看板建築なのです。しかも、そこには超レトロな「トヨタミシン」の文字が。これから推測するに、以前刈谷名店街の土地は道路だったのではないでしょうか?裏の通路をご覧になったとき、何か気づいた事がありましたら教えて下さい!長文失礼しました。
No title
 TOYO AMHには見覚えがありますが、ハテ?アパートメントハウスでいいような。
 解体後に現れたトヨタミシンの建物には僕も驚きました。あの道筋は、拡幅はしていますが昔から移動していないと思います。
 名店街ビル建設前の東陽町の写真から推察するとどうやら軒の低い木造二階建て(高山の町屋建築のくらいの高さか)が連なっていたようで、件の建物の高さだとトヨタミシンの部分だけ大通りから見えたか、あるいは東海道本線の車中から見えたか…(往年の工場の建て込み具合がわからないので確証はないですが)。
 当時の個人商店があれだけのサインを自力で設置するとは考えにくく、豊田自動織機のお膝元ということで企業が外向けアピールとして家主と契約して設置したと見たほうがしっくりきますが、どうでしょう?
 参考までに、名店街建設前の鳥瞰図を記事の下に追加したので、ご覧くださいませ。

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