温泉&HINOMI

2014年11月27日
 10日ほど前、3年ぶりに奥飛騨の取材があり、福地温泉というところに宿泊しました。奥飛騨温泉郷に5つある温泉地のひとつで、比較的小規模でハイグレードな和風旅館が多く「奥飛騨でいちばん秘湯感のある温泉」と言われております。

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 取材日の前日に雪が積もったそうで、さすが奥飛騨。行った日もたいそう寒かったです。
 で、取材の合間に宿泊先のあたりをうろちょろしていたら、例によってHINOMIが!

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 うーん、何度も来ているのにちっとも気が付かなかった。枯れ木のシーズンなので発見できました。
 場所は「福地温泉朝市」が開かれる店の裏の広場の隅。夏休み期間中は火の見櫓の下で(というか広場で)毎晩「へんべとり」という獅子舞が披露されるそうで、いずれ夏に行って「獅子舞&HINOMI」の写真を撮らねばならん。
 ところが、福地の火の見櫓はこれだけではなかった。ここからわずか20mほどの場所にも、例によってHINOMIが!

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 しかも木製!すごい!なんでまた!?
 と思って宿の方に聞いたら、30年くらい前に観光施設「昔ばなしの里」ができたときに建てられたものだそうな。よく見ると施設のカンバンが取り付けられている。う~ん、そりゃそうか。
 でも、本当に30年前のものだとしたら、木製火の見櫓(レプリカだけど)の耐用年数としてはかなり長いのではないか?いつまで持ちこたえるのか、鉄製ともども生き長らえてほしいものです。
(まさ)
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飛騨雑 | Comments(2) | Trackback(0)
Comment
No title
火の見櫓建設の最盛期は昭和30年代だと思います。
50年経ってますから周囲の状況も当然変わってきますね。
周りより低くなった火の見櫓は頻繁に見受けられます。
建設当時それは予見できなかったのか?
出来なかったんですね。
しかし、前出の稲沢旧祖父江町あたりの火の見は最初から3~4mしかない低いのを作ってる例もあるんで、火の見に対する「思想?」が地区によって異なっていた、、という研究はどう?

近年ホース干しとして設置された物も多いですが、オーナーの趣味で設置された施設もあります。コレを火の見と呼んでいいのか。
http://homepage2.nifty.com/kotenma/medaka.htm
No title
この場合、地域間の対抗意識が大字単位ではなく行政区単位というより細かい範囲で噴出したような気がします。
自前で建てられるところはそのようにし、資金的に苦しいところは役場を突き上げて作らせたのか。同じデザインの小型火の見櫓がある例は後者…って、テキトーなこと言ってますが。
なんとなく、実用性よりシンボル性を求めて建てた例のほうが高いように思いますが、実際はどうでなんでしょうね。地域柄、伊勢湾台風や洪水なんかも話に絡んでくるような気もします…。

介護施設の記事は以前に読ませていただきましたが、面白すぎますね。仕事で行くと時々そばを通ります。

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