駅跡に展望台

 木曜日はとある取材で十数年ぶりに静岡の清水へ。雨だったけれど仕事先へ行くまでけっこう時間があったので、これまた久しぶりに旧国鉄清水港線の三保駅跡に行ってみました。
 清水港線というと、晩年は旅客列車が一日一往復しか走っていなかったことでも有名でした。確か30年くらい前の「旅と鉄道」の別冊だったかと思うが、国鉄全線乗りつぶしをした人の座談会かなにかで出席者の一人が「全行程を列車利用する」ことにこだわった人で、その方が「朝の下り列車で三保まで行ったあと夕方の上り列車まで時間が空きすぎてヒマだったので、ホームで洗濯させてもらっちゃいましたよ、ハッハッハ」という発言をしておられ、子供心に「ハァ?」と思ったことを覚えています。
 一度は乗りたい路線だったけど、廃止時にまだ小学生だったので間に合わず、悔しかったなあ。特定地方交通線の1次廃止線で乗れたのは地元の樽見線と明知線ぐらいだった。



 そんなことはどうでもよくて、その三保駅跡はホームを残した公園になっております。あー、こんなんだったけか…。あまりに久しぶりすぎて当時のことはまるで覚えておらず、ほぼ初めてみたいなもんです。



 しかし、当時は間違いなくなかった武骨な構造物が、構内跡地に出現していて驚いた。こんなところに展望台を作ったのか!?清水港や富士山の眺めを楽しめと?



 そんななわけはなく、津波発生時の避難タワーだったのでした。とはいえ眺めはなかなかシブく、三保造船の巨大クレーンや日軽金などの工場風景が楽しめます。
 クレーンが水色に塗られていますが、取材先で聞いた話では、景観保全の取り組みとのこと。20年くらい前から東海大学の教授の指導で、クレーンや煙突などの大型構造物を水色に塗っているんだそうな。ほう。



 敷地内には小型機関車と日軽金が寄贈したタンク車が静態保存されていました。シブいなあ…。
(まさ)
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コメント

くじら山こうじ

No title
わたしゃもう働いてたなあ。
赤字ローカル線をリストアップしたのは、昭和58年くらいでしたか。まさかこんなにひどい鉄道状況になるとは思いもしませんでしたね...

まさ

No title
当時、中日新聞で「どうなる国鉄赤字線」というような連載記事があったことを思い出します。もう15年早く生まれていたかったと、当時歯ぎしりしましたよ(1コ上なのに確かほぼ全線制覇したS浦氏のような凄い人もいるけど)。
そして華々しく三セク化した路線がまさか廃止される時代が来るとも思っていませんでした。樽鉄も大丈夫かなあ…。
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MARUKA-DO

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東海地方を縦横無尽、
全国各地に神出鬼没の
取材・執筆・編集事務所。
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活動拠点…西三河・知立市
まさ…岐阜・揖斐川町出身
まり…愛知・尾張地方出身

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