尾西石モノ二題

2014年10月11日
 夏場に行った一宮周辺のローカル媒体の取材写真を今ごろ整理していて見つけた、出しそびれをいくつか。そんなに話が広がらない地味なネタですが(いつもか)。
 旧尾西市の小信中島で発見した、建物は小さいくせにやけに立派な標柱。

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 尾西小信局のすぐ近くにある二ツ屋公会堂です。昭和3年に大阪の人の寄付によるもの。むかしはこの標柱に見合う立派な建築だったのだろうか。

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 この公会堂がある交差点から西へ少し入ると、建物に見合った小さな標柱の建つ弘善寺に遭遇。ほぼ民家。すぐ脇の街灯に「弘法堂毛織」という工場のカンバンが掲げられており、これが弘法堂なのか?あまりじっくり見ていると不審者に間違われかねないので、そこはさらっとスルーです。

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 お堂の玄関(?)脇に見える石仏の一体がなかなか味わい深い。観音さんの足に子供が足にしがみついている図?どういう種類の仏像か知っている人がいたら教えてください。

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 でもって、弘善寺のあたりから南へ少し行くと、例によってHINOMIが!この筋が小信中島のメインストリートらしい。
(まさ)
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尾張雑 | Comments(5) | Trackback(0)
Comment
起線跡?
ここってむかし起線が知っていた道路ですか?尾西鉄道だか名古屋鉄道だか忘れたけど。
気になるのは、左に見える「日乃出家」の看板。食堂ならうれしい^^
いしすき
肝心なことを書き忘れました。
「公會堂」の字はだれの筆によるモノかわかりますか?
No title
小信中島は起の北に隣接する町で、この道は起線とは無関係です。公会堂の揮毫者は石碑には書かれていませんでした。確かに、有名な書家の手による字のような風格がありますね。
いしのなまえ
違いましたか。
名鉄の廃線とかいう本に載ってた死野心によく似てます。

最近、揮毫そのものより、書いた人の方が気になってます。
No title
よく軍人が揮毫した忠魂碑がありますね。他では、揮毫した人の名前はあまり見ないような…。

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