江戸石船

2014年09月12日
 吉良邸跡を後にしてさらに界隈を徘徊していたところ、大きい通り沿いで回向院という寺に遭遇。

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 東京に暗い僕でもこの寺の名前は小説か時代劇で聞いたことがあります。明暦の大火の死者を供養する御堂が起源で、江戸時代の相撲興業の会場になったという寺…と、カンバンに書いてあった。ビルの谷間に現代建築な本堂がデーンと建つという東京らしい風情。ちょっとだけ参拝しようと境内へ入ってみると、奥の方に災害犠牲者の供養塔が集まっており、その中に三河がらみのものをまた発見した。

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 寛政元年(1789)に平坂の人が建立した、帆掛け船型の供養塔です。
 三河高浜と伊勢白子の難破船の犠牲者7人を供養するもので、台座に「三河平坂」の文字が見えます。平坂といえば昔は西三河を代表する湊だが、そこの人がなぜ高浜と白子の人を供養したのか、案内板には書かれていない。気になる!
 ついでにいうと、これの素材も気になるところ。岡崎産の御影石だったら面白いけど、風合いが違うかな…。石造物好きとしては、石を見てどこ産かわかるようになりたい(何を目指しているのか)。

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 東京だかなんだかよくわからない写真が続いたので、最後は見るからに東京な一枚を。回向院すぐ近くの両国橋から眺める隅田川。
(まさ)
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