吉良吉良ネーム

2014年09月10日
 吉良氏といえば、先週の首都圏遠征の際に両国界隈をフラフラしていたら、JR両国駅南の住宅地で「吉良邸跡」を発見。

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 こちらは三河本家の吉良氏のほうで、吉良上野介の屋敷跡になります(ただし当時の86分の1の敷地)。赤穂浪士に討ち入られたのがここ。東京都指定の旧跡になっており、現在は「本所松坂町公園」として整備・公開されていました。

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 海鼠壁の内側の小広場には、上野介が鎮座ましましていた。吉良の華蔵寺蔵の座像を参考に、平成22年に製作されたもの。
 ここに置いてあったパンフよると、昭和9年という早い時期に、地元の町内会有志が土地を購入、旧東京市に寄付して旧跡を保全してきたとのこと。討ち入りの日である12月14日には赤穂四十七士および吉良家サイドで討ち死にした二十士を供養する「義士祭」が、前後して「吉良祭」や「元禄市」が行われているという。さすが江戸っ子のやることは粋ですネ!(そうか?)
 また、そのパンフには上野介の地元吉良における善政についてもつらつら紹介されています。長年悪役扱いしてきた吉良氏に対する、江戸っ子なりの罪滅ぼしといったところでしょうか(そうか?)。東京の発行物で「黄金堤」や「吉良の赤馬」の文字を見るとは思いもよらなかった。

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 ところで両国なんぞへなんの用事だったかというと、江戸東京博物館の図書室へ資料を探しに行ったのでした。すごい建物。ネタ元不明のインパクトありすぎな外観は、さすが江戸という感じである(どこが)。
(まさ)
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