小学校には金次郎のほかにもさまざまな像が

2014年06月19日
 今日も春夏秋冬叢書「そう43号」連動ネタ。
 金次郎像は造形や材質がしっかりしている(?)ので、たとえ廃校になっても割と状態よく残っているものですが、卒業記念などで子どもたちによって作られたと思われるセメント像は、管理する人もないまま風雪にさらされ、にんともかんともな状態になっていることが多いです。金次郎チェックしながら見つけたそういう例をいくつか…。

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 東栄町の旧御園小学校。東栄町の最高所に位置する「天空の廃校」です。学校跡のすぐ下に「茶禅一」という美味い蕎麦屋があります。

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 バレーボールをブロックするウサギちゃんである(たぶん)。

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 東栄町の旧粟代小学校。寺と神社が学校の敷地内にあるという、ものすごいロケーションの廃校です。向かいに「三信鉱工」という化粧品原料の世界的メーカーがあります。

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 「ええじゃないか」で降ってきたお札をキャッチしようとしているのである(たぶん)。

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 設楽町の旧三都橋小学校。この校区には「××の霊泉(湧水)」が点在しており、奥三河でもちょっと特異なエリアです。

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 はじめての視力検査に臨む子供のようである。

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 3歳児検診に備えて、このあいだ家で練習したのである。
 僕の地元では、昭和50年代後半にはこのような卒業記念「像」は作っていた記憶がありません。おそらく全国的にも同じ傾向のような気がしますが、どうか?自分の顔のレリーフとかはあったかな?製作経験のある人がいたら教えてください。
 それにしても、まさか数十年後に自分の母校が廃校になるとは、製作した当時の人は想像もしていなかったでしょう。しかし仮に学校が現役であっても劣化は免れまい。壁画系の記念製作で色褪せたり汚れたりしたものもよく見かけるし、こういうのはなかなか難しいようで…。
(まさ)

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東三河雑 | Comments(4) | Trackback(0)
Comment
No title
廃校になった小学校の校庭などにある朽ちかけたコンクリート像は
独特な雰囲気が有りますね。ちょっと悲しいのかも。
由来はそれぞれでしょうが、造られた当時はきっと輝いてたんでしょう。
具体的な子供の像や、よく分からない造形のものがあります。
戦前は金次郎像と共に乃木大将や東郷元帥・楠正成親子像などが
有ったようですが、戦後当然GHQの指示なのか撤去されました。
時々校庭の隅にまだ楠像が残ってる学校があります。
これはナゾですね。
戦後、一時 野口英世像がちょっと設置された時期があったようですね。
また、地元の造形作家に地区の世話役なんかが依頼して妙な”像を建てちゃった、、。
これって、、、。

満月の夜にグランドを走り回る金次郎像の伝説?があるそうです。
小学校の像は面白い。(コレは危険だ)
No title
楠像は気が付いたことないです。野口英世ってのも、なんか偏った人選のような…。また所在地などをぜひ教えてください。

夜中に校庭を走り回る金次郎って…おもちゃのチャチャチャ!?
No title
残存する楠正成親子像

岡崎市 六名小学校
高浜市 高浜小学校
岐阜県瑞穂市 南小学校
西尾市 中畑公民館
名古屋市西区 庄内公園

野口英世像

碧南市 西端小学校
碧南市 鷲塚小学校
知多郡美浜町 野間小学校
岐阜県養老町 笠郷小学校
岐阜県揖斐川町 北方小学校

以上です。

特に高浜小学校の楠親子像は巨大な陶製で、校門の横にありました。
地域性も有るんでしょうが、素材といい残ってることもとても貴重で
珍しい事だと「私」は思います。
No title
実家の近所の北方小にもあるんだ。全然知らなかった…って、校内に入った記憶がないけど。今度見に行ってみます。

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