ゴールデン次郎

2014年06月15日
 三遠南信エリアの地域雑誌、春夏秋冬叢書の季刊誌「そう」43号が発売中です。

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 今号のキーワードは「金」ということで、わたくし(まさ)は二宮金次郎の記事などを担当しました。小学校のシンボルとしてお馴染みのこの方ですね。

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(ベーシックな金次郎像の例。新城市玖老勢、旧鳳来小学校跡地)

 小学校に設置された最古の金次郎像は、豊橋の前芝小の大正13年製のもの。全国の学校に普及したのは昭和初期、岡崎の石材組合が不況の打開策として企画し、盛んな販促活動を展開したことによります。愛知県の教育関係者の研究によると、愛知県の場合昭和40年代半ばの時点で新設校以外にはほとんど存在したとのこと。今もけっこうな割合で残っています。ない場合の理由は今やほとんど不明ですが、「ある日突然崩れた」「一時期、撤去しようという動きが一部であった」などの証言あり。
 金次郎自身も像自体についても火の見櫓以上に研究されており、特筆すべき目新しいネタはないので、とりあえず判明している範囲で東三河の小学校・廃小学校の像を全部を押さえてみました。まさに質より量ですな。金次郎像については、時々コメントをいただく同好の士SさんのHP(検索→「尾張の火の見櫓」)をはじめ素晴らしい先達サイトがあるので、探すのは火の見櫓よりずいぶん楽です。

 で、完全網羅できたかどうかはわからないけれど東三河114校116体(1校に2体ある例が2件あり)も見まして、最終的に何がわかったかといいますと、個々の来歴を探るのはかなり難しいということ。あと、火の見櫓と同じで基本形はあれど、よく見れば完全一致の像はまずないと言ってよく、職人のセンスや技量でけっこう差があるということ。
 新城市の廃校からその一例を挙げてみますと…

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(旧市川小学校)

 少しオバサンくさかったり。

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(旧吉川小学校)

 少し微笑んでいたり。いったい何を読んでいるのか。

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(旧富栄小学校)

 視線が完全に本から外れていたり。何かに思い悩み、うわの空のような…。
 他にも、小倉久寛のような顔があったり、ページをめくろうとしている像があったり、持っている本の厚さが広辞苑級だったり、少年像なのに大人以上にデカかったり、小人がいたり、まあいろいろ。
 これを機会に、西三河や遠州の金次郎像コンプリートを目指すつもり…はないっす。大変すぎるので…。
(まさ)

◎金次郎像いろいろ
豊田市越戸・灰寶神社→●□
東栄町下田・旧東部小→●□
東栄町振草・旧小林小→●□
東栄町中設楽・旧中設楽小→●□
新城市愛郷・旧愛郷小学校→●□
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東三河雑 | Comments(4) | Trackback(0)
Comment
No title
やはりそいう事だったんですね。
金次郎めぐりをされてる気配があったので、、。
東三河地方は、石都岡崎に近いこともあり当然、
金次郎残存率は高いですね。
私が尾張の火の見櫓をほぼ撮り終え、金次郎に移行する
きっかけは常滑市で見た陶製の像です。
これは面白そうだと思っちゃった。
やり出したら実に奥が深いんです。
日本中にいったい何対あるんだろう。
早くリタイアして毎日小学校めぐりをするのが夢です。
(それほどでも無いか)
「そう」さっそく手に入れなきゃ・
No title
三遠南信コンプリートはたいへんなのでやり(れ)ませんが、いずれ北海道や九州で「最果ての岡崎産金次郎像」を探し出してみたいなあ。彼の地に金次郎像じたいあるかどうか知りませんが…。
No title
「そう」入手しました。
ちっちゃくなっちゃいましたねー。
老眼にはつらい。
なるほどねー。
プロがまとめるとこういう具合になるんですね。
サイズを合わせて文字を入れて並べる作業は、正直うんざりしますね、私は。
最近、コンクリート製の元型で抜いたと思われる像について調べています。
かなりの量が出回っています。
(豊橋市旧多米小・賀茂小など)
99ページの写真、田峯ですよね。いいですね。あそこ。
No title
頼まれもしないのに全部撮って扱いは編集長に委ねたのですが、まさか全部載せるとは思ってもみませんでした。まさしく質より量…。
金次郎像は設置場所がイマイチの学校が多く、HINOMIみたいな「いい写真」があまり撮れませんでした。

告知ページの写真まで見ていただき、ありがとうございます。ただ、編集部がなぜあの写真を使ったのかは不明。

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