タウンサインの研究0049

2014年05月22日
 紀伊長島に続いては尾鷲。5年前に泊まったものの、その時は尾鷲から熊野市まで海岸沿いを辿るのが目的だったので市街地はあっさりスルーしており、ここもまともに歩くのは紀伊長島と同じく21年ぶりとなります。

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 この町のメインストリートは熊野古道である。

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 なかなかシブいのである。シブくはあるが、いまひとつ宿場町っぽさも港町っぽさも薄く、観光の核になるような老舗も見当たらず、上級マニア向けの感じ。紀伊半島屈指の漁港があるのに港町らしい雰囲気がないのはちょっと意外だった。深い入り江の最奥にある港湾施設や火力発電所がちょうど海に蓋をする形になっており、町と海が遮断されているからではないかと見たが、どうか(いいとか悪いとかの話ではないので念のため)。
 しかし、熊野古道と尾鷲駅を結ぶ「尾鷲一番街」という通りに入り込むと、ここが海辺の町であることを否が応でも思い出させる商店街フラッグがはためいていて、驚愕。

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 「津波は逃げるが勝ち!」「ここの海抜は4.7メートル」と注意喚起するフレーズがズラリ!これまでたくさんの商店街フラッグをチェックしてきましたが、ここまで強烈なインパクトを与えるものは見たことがない。地形的には三陸沿岸と同じなので、尾鷲の人にとっては他人事ではないでしょう。

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 あとオマケ。夜の熊野市駅で、上のフラッグの色を思わせる復刻カラーリングの気動車に遭遇。なんの記念での復刻なのか?それにしても、非電化区間の紀勢本線とこっちの女子高生によく馴染むね。
 この塗装、僕が小学校高学年のころ(昭和50年代後半)にはすでに東海地方にはなかったもの。僕が懐かしいと思うのはクリームの地に朱色の帯のヤツなんで、ついでにそいつも復刻してほしいものです。「間もなく到着」のオルゴール音とともに…。
(まさ)
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三重雑 | Comments(2) | Trackback(0)
Comment
No title
この塗色は私が中学校の修学旅行で東京へ行った時に乗った
「こまどり号」に良く似ています。
新幹線は出来ていたんですが「ひかり」
には乗せてもらえなかったんですよね。
熱田駅から乗ったと思います。
東京は遠かった。
No title
修学旅行専用車のこまどり!すでに伝説の域ですね。

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