おやおや親柱

2014年04月25日
 先日、知多半島の某ローカル媒体に「師崎街道」の原稿を書きまして、この機会に辿り直してみました。世間的には、漠然と「師崎へ向かう国道247号の通称」ぐらいにしか思われてないでしょうが、明治9年に国によって国道・県道・里道が定められた際、半島東岸の縦貫道路(通称東浦街道)に対して命名された「官名」です。
 今ではオフィシャルには使用されていませんが、どういうわけか昭文社の愛知県道路地図には国道247号筋にカッコ書きで記載があります。律儀ですネ!

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(師崎街道で海辺を走る数少ない区間のひとつ、美浜町豊丘・矢梨区)

 起点は名古屋有松郵便局角の交差点で、終点は師崎公民館の少し北に立つ師崎町道路元標。ルートは漠然と、県道243号旧道~県道253号~県道50号旧道~国道366号旧道~国道247号旧道になります。Googleマップに線を引いてここにアップしようと思ったのだけど、面倒になって途中でやめた。
 で、旧道筋以外に、なにかそれらしい遺物でもないかと思ってうろついてみたところ、かろうじて戦前製の橋の親柱&欄干を二つ発見。というか、存在は前から知っていたけどわざわざ撮るほどのもんでないとスルーしていたものです。

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 ひとつは武豊町冨貴の昭和6年製「笠松橋」。河和線旧四海波駅跡(→●□)の近くです。上に乗っかった老僧の禿げ頭のような球体、思わず撫でさすりたくなりますネ!((C)へうげもの)

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 もうひとつは半田市銀座本町の昭和9年製「思案橋」。改築工事中のミツカンの南です。半田の昔話を集めた本によると、この界隈は色街で遊びに来た男が行こか戻ろか思案した場所だった…とかなんとか。
 撮ってはみたもののどちらもあまりに地味すぎて、写真は掲載せず本文にも一切触れなかった次第。そもそも片側にしか残ってないし。

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 なお、思案橋付近の半田市街では、ミツカンの大改修工事以外にも撤去されている建物がちょこちょこあり、このあと数年で景観が急変するかもしれませんし、しないかもしれません(テキトー情報)。
(まさ)
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知多雑 | Comments(6) | Trackback(0)
Comment
No title
この親柱はよく見るデザインですね。
当時のデフォルトデザイン?
No title
どうですかねー。中央官庁がデザインの雛形を提示して「これを参考にしてあとは各自デザインせよ」とか言ってたとか…。
割と現場の裁量に任されていた気がしますが、かといって現場も「どうすりゃいいんだ」ってことで、前例を真似て似たようなものが増えた(けど職人のサガでついアレンジしちゃった)とか…。
道路元標だと、形状の規定があるにも関わらずけっこう多彩な形ですし、明治大正期のテキトー感はいいですね。
本日のロールケーキ
田ノ島39でいただきました。
絶品です。
あのやわらかさ!
ハンドメイドの極致です。
内藤家に嫉妬。
素敵なスウィーツ!
次回も期待。
有難う。
そんな感じです(笑)
最初の頃はいちいち反応してましたけど、そのうちみな同じであることに気付き、最近では竣工日と橋の名前をチェックするくらいになりました。
橋と言えば、水上ビル西端の橋の写真って持ってますか?
No title
宮本さんのファン様
昨日はお疲れ様でした。嫁はみんなに称賛されてたいそう喜んでおりました。きっと次回も持っていくと思います…。
No title
くじら山様
たぶん撮ってると思いますが、どこに保管たか…。

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