奥三河で最近消えたいろいろ

2014年03月25日
 川向集落の家屋(→●□)や設楽町役場のほかにもここ最近、東三河山間部でいろいろ変化が見られましたので、まとめて出しておきます。

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(2009.08.26撮影)

 まずはデカいところで、旧鳳来町の旧山吉田小学校。

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 昨年の晩秋、取り壊しが始まった頃にも遭遇し、3か月ぶりに行ったらきれいさっぱりなくなっていた。
 山吉田小は昨年4月に黄柳野小学校と統合し「黄柳川小学校」になりました。校地は旧山吉田中学校跡地で、4年ほど前にこちらの取り壊し工事も偶然目撃しています(→●□)。新しい黄柳川小の校舎は先日見物させてもらったけど、地元産材がふんだんに使われて実に美しく、快適な学校生活が送れそうでうらやましい。

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(2010.12.04撮影)

 続いて、設楽ダムによる水没予定地の設楽町八橋。

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 火の見櫓の撤去はまだですが、道路左側の廃商店「静岡屋」と、何軒かの家が取り壊されています。ちょっと前の中日新聞東三河版に、静岡屋撤去のニュースが載ってました。なんでも店内に何枚かの琺瑯看板が残ってて、元経営者が取り壊しを見届けに来た人にあげたとかなんとか。

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(2007.12.08撮影)

 個人的には横に掲げられていた「サンビシ味噌たまり」が気になっていたのですが…。

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(2011.05.12撮影)

 あと、全貌を捉えていないけど設楽町西納庫の「湯谷老人憩いの家」&HINOMI(→●□)。

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 建て替えるほど古びた建物にも見えなかったが、なぜ?その煽りを食ってHINOMIまで!う~ん。
 ほかにも火の見櫓、商店、バスの待合所など、様々なものがここ数年でどんどん消滅しています。まあ、なんでも残りゃいいってもんでもないが、わたくしは地元民ではないし、もはや淡々と記録するぐらいしかないです。
(まさ)
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東三河雑 | Comments(2) | Trackback(0)
Comment
No title
ちょっと行かない間にすごい勢いで撤去が進んでるようですねー。
設楽町八橋の火の見は、私が火の見櫓撮影の闇の世界に踏み込む最初の一本でした。2003年に東栄町の花祭りに行く途中に何気無く撮った記憶です。
ダムで沈んでしまうのなら撤去はどうするんでしょうね。壊すんだろうなー。
No title
設楽と東栄はまだけっこう持ちこたえていますが、鳳来があと残りわずかです。今から思うとHINOMI本は、まさに最後のタイミングだったなあと…。
八橋は撤去でしょうね。とりあえず2月13日の時点では火の見櫓も旧八橋小も残ってました。金次郎像はどうなるか…。

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