鬼や桃太郎たち0002

 2歳児とさまよう公園シリーズ。
 その犬山では、一部好事家のみならず最近は一般にも浸透してきた感のある、桃太郎神社&桃太郎公園に、子連れ取材を敢行しました。

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 ここですね。浅野祥雲という人が造ったセメント像がたくさん置いてあることで知られております(神社の方に聞くと、全部が浅野祥雲作ではないとのこと)。最近では、名古屋の著名ライター氏が像の保全活動(ペンキ塗り)を行っているそうで、像がたいへん美しくなっている。

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 やさしい鬼です、背中へどうぞと言われて恐る恐る鬼に乗る2歳児。桃太郎というか、熊にまたがる金太郎という感じである。
 写真では喜んでおりますが最初は拒絶し、女性取材記者が一緒にまたがったりしてようやく乗っかった。正直なところこのセメント像の群れ、あまり幼児の興をそそるものではないらしい。ツーショットとかいっぱい撮りたかったんだけど反応はイマイチ。気味悪いんでしょうなあ…。

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 正式な取材ってことで神社の方に話をうかがい、由来がはじめてわかった。
 もとを辿ると昭和5年、旧名鉄の招きで犬山に滞留していた有名な鳥瞰図絵師・吉田初三郎が、地元の栗栖区長らとともに開いた桃太郎神社が始まり。周辺に桃山やお婆さんの洗濯板や伝承地が点在していることを知り、日本ラインとともに観光地として売り出しを図ろうとしたらしい。
 初三郎の作品には、近代ネタを取材しているとあちこちで出会います(部分だけどこれとか→●□)。作品と言っても大量印刷された観光パンフレットですが、描かれた内容の細かさ、美しさは地図マニアにはたまらない。一時期犬山にいたのも、名鉄社長がパトロンとなって初三郎を抱えこみ、宣伝用に沿線の鳥瞰図をどんどん描かせるためとかなんとか。
 今回いちばん驚いたのは拝殿脇の標柱。なんと初三郎の揮毫!って、興奮するのはわたくしのようなマニアだけか。

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 境内には、初三郎とともに神社を開き、初代禰宜に就任した川治蘇山のセメント像も。銅像風にしたかったのだろうか、黒一色っつーのはなかなか…。

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 でもって、セメント像や遊具を置くなどして「桃太郎公園」にしたのは昭和30年代。参道階段にはこのような滑り台も作られました。しかし長さも傾斜もスゴい。まさしくソチのジャンプ台。
 下のほうで2歳児に滑らせてみようと思ったのだが、かたくなに拒否されました。
(まさ)
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MARUKA-DO

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