扶桑の弘法

2014年02月05日
 全聾の作曲家のゴースト問題が一部マスコミをにぎわせていますが、何が驚いたかって、毎日新聞のネットニュースに「『交響曲第1番HIROSHIMA』は社会現象を起こしただけに…」と書いてあるのに、このニュースが出るまでそんな曲が存在したことをまるで知らなかった自分に驚いた。いつ社会現象になってたんだ!?だいたい「佐村河内守さん」の名前が出てきたとき、「徳島県の佐那河内村でなにか事件があったのか」と思ったくらい。
 佐那河内村は徳島市の郊外に位置し、一回行ったことがあるけどなかなか味わい深い山村で、世間の耳目を集める事件なんて起きそうにありませんなどという話はどうでもよくて、もう一回、扶桑のマイナー史跡の話題。
 ローカル媒体の取材で扶桑町で文化財指定されている史跡を片っ端から巡ったところ、町のパブリックイメージと同じく、実にこう、味わい深い物件ばかりだったのですが、中に一件、これはというものに遭遇。

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 扶桑駅から名鉄と並走する道を柏森方面に300メートルほどのところにある、恵心庵というお堂です。見た目はどうということはないが、由来がなかなか。江戸時代初期に処刑された近隣のキリスト教徒が埋められた場所がここで、慰霊のために祀った地蔵尊がこの庵の起源とのこと。へえ~。東海地方で近世のキリスト教関係史跡というのは、あまり聞いたことがない気がする。僕が知らないだけか。
 右の石柱は昭和12年建立の「扶桑三弘法第三番札所」標柱。キリスト教徒を慰霊しつつ弘法さんも祀るとは、扶桑の人も懐が深いというかなんというか…。あとの2つはどこやねん、と思って地元の郷土史家に聞いてみると、1番は扶桑駅東の民家の一角にあり、2番は扶桑駅北の宮島公民館にあるという。とりあえず今回の取材にはなんの関係もないので、次の機会に回ろうと思います(次の機会があるかどうかは不明)。

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 続いて、扶桑駅北西2.5kmほどのところに位置する「悟渓屋敷(悟渓寺)」へ行ってみると、こちらには昭和6年に建立された「扶桑二十一大師第五番札所」の標柱が。狭い町内で3弘法に21大師とは。郷土史家の方によると、さらに「丹羽郡八十八ヶ所」もあるらしい。そのうちいくつかは柏森の個人宅で管理されており、4/21にはお参りに回る人もおり、子供にはお菓子をふるまう風習があるらしい。うーむ、これはちょっと見に行きたいぞ。

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 あと、柏森駅北にある専修院に行ったら、ここには「当郡(丹羽郡)円光大師二十五霊場第一番」と「法然上人尾張二十五霊場第二十三番札所」の標柱があり(円光大師=法然。浄土宗の開祖)、さらに扶桑二十一大師の標柱もあった。狭いエリアにいろんな霊場が錯綜して、わけがわからん。詳しく知りたい人は「愛知札所巡り」という素晴らしいサイトをご覧ください。

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 あまりにシブい絵ばかりなので、最後は扶桑らしい写真でも…。江南市との境にある畑にて、小学生の体験学習で掘られた守口大根。僕も小学生に混じって抜いてみたら、スルスルっと抜けて実に気持ちよかった。ストレス解消に守口大根の収穫はいいかもしれない(誰がやらせてくれるんだ)。
(まさ)
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尾張雑 | Comments(0) | Trackback(0)
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