東栄HINOMI巡礼

2013年12月06日
 HINOMISTの読者様向けに、この日確認した東栄町の火の見櫓の現況を。
 旧鳳来町は、2007年に新城市の担当者に取材した際「いずれすべて撤去の方向」と話していたとおり撤去が進み、もはや絶滅一歩手前という状況ですが、東栄町はあまり変化はないようで一安心。

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 市場。相変わらず見捨てられた感をまとっている。

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 足込。相変わらずの好ロケーション。

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 御園。相変わらず斜面でずり落ちそうになりながら踏ん張っている。

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 下粟代。相変わらず登録文化財級の消防倉庫が2棟とも健在。
 本(火の見櫓暮情)を作るために精出して探し回ったのが2007年。あのときは原稿にする必要があったので、観察というか「考察」しながら、ものすごい集中力でもってHIMOMIと対峙していた記憶があります(オオゲサ)。
 あれから5年がたち、気の抜けた精神状態で生き残りの錆びついたHINOMIを眺めると、40を越えてあちこちガタがきている自分とダブり、なにかこう、立ち姿により哀愁を感じる。そして、集中して一冊の本を作っていた頃の幸福を思いつつ、奥三河の寒風にさらされながらタバコをふかして我が身の不安な行く末に思いを巡らすのである。

131206-6.jpg「どうでもいいですよ、おとうさん」
(小林小学校跡にて、2歳児with金坊)

 いや、タバコなんざ一度も吸ったことないんですけどね…。
 今もわりと好きに自分のやりたいことをやらせてもらっている仕事もあって、とくに不幸でもないですが、でも、また本作りをしたいものだ。
(まさ)

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◎改訂したいと思いながら手つかずのうちのHPより
三河遠州火の見櫓集成●□
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東三河雑 | Comments(4) | Trackback(0)
Comment
No title
久々に訪れたら、かつてそこに在ったはずのモノが無くなってる時の
「アリャー」という感じ、ありますよね。
火の見の撤去もそれなりの費用がかかりますから、ある意味
その予算と地域の事情とのかねあいといったこともありそうです。
東栄町がどうなのかは分かりませんが、とりあえずまだ
残ってることが確認できてなによりです。 ?
学校は小中学校とも各一校ずつに統合され各地の
学校は廃校されちゃいました。
残された金次郎像が、そういう目で見るためか哀愁を
感じてしまいます。
小林小学校跡の金次郎さんはいい顔してますね。
No title
頬のぷっくり具合がなんとなくウチの坊主と似ております。
ホースはいかにして干すか
すごいですね、下粟代の火の見までチェックされているとは。驚きというかさすがというかなんというか(笑)
ちなみにここの小屋、ぼくも撮りました。

火の見を撤去したら、どうやってホースを干すんでしょうか。昨今電動でホースを巻き上げる専用干し場もありますが、山深い地ではそんなものの設置もままなりますまいに。
No title
ガードレールやフェンスに干す例を見たことがあります…というか、僕のいた団では、演習でたくさん使った時はフェンスに掛けてました。

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