実家の引っ越し

2013年11月24日
 先週の木曜、実家の父母、婆ちゃんが弟家族のいる関東圏へ引っ越しました。私が高校2年の秋に市内のマンションから引っ越してきたので、実際に住んだのは大学卒業までの5年余り。住んだ期間は短いけれど、愛犬ジョイフルと過ごした日々、友達を呼んでのクリスマスパーティー、盆や正月には親戚やイトコたちが集まり、婆ちゃん特製のにしめや黒豆、母手製の豚の角煮やケーキを食べたことなど、たくさんの思い出が詰まっています。

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 引っ越しのトラックを見て、興奮する陽太郎。
 
 引っ越し直前まで荷物の梱包や整理に追われ、本当に引っ越しするんだろうかと心配だったけど、サクサクと荷物を運んでいくプロの兄さんたちに急かされながら、無事に終了。家具や荷物をすべて出したら、なんて広い家だったのかとしみじみ思った。子どもっていっても高校生だったが、家を建てるにのどれくらいの費用がかかるもんなのか考えたこともなかった。今さらですが、お父さんお母さん爺ちゃん婆ちゃんありがとう!
 家具や荷物がなくなり、がらんとした部屋を見ると淋しくなってきて、ちょっとでも気を緩めると涙が出そうになる。そんなハハの気持ちを察してか、陽太郎が広々とした部屋を元気よく走り回ってくれた。

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 ぐるぐる走り回ったり、スリッパを飛ばして遊ぶ陽太郎。いとこのお姉ちゃんが大好き。

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 引っ越し前夜、疲れ果てた陽太郎は父母のベッドでお昼寝。いつもは和室で寝るんだけど荷物があふれて布団が敷けないから、このベッドで寝る。陽太郎に聞くと、ずっとこのベッドで寝てみたかったらしく、「陽太郎、うれしい!」と言って、すとんと眠りに落ちていった。
 
 この家での最後の夜は寿司を食べる。照れくさいのもあって、父母たちとこの家で過ごしたあれやこれやを語ることはなかったけど、そういう話は父母も苦手なはずだから、まぁいいや。
 ご飯を食べている間、早めに食事を終えた(というか、ほとんど食べなかったが)陽太郎は、父母に買ってもらった山手線と新幹線に夢中。ボタンを押すと「発車します~」「新橋~、新橋~」などの音声が鳴り響き、うるさいったらありゃしない。でも、しんみりしなくて良かったかな。
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 少しだけこの家の思い出を語ると、一番の特徴は2階のリビングの斜めにカットされた天井だった。ダンナいわくダンスホールのように天井が高いと思ったとか。照明はダウンライトとスポットライトが付いていて、ソファーに座ってブランデーなんかを飲むのにぴったり。でも、父母は酒がほとんど飲めないから、一度もそんなことはしていなかったはず。この照明の厄介なところは、明るさが微調整できること。「もっと暗く、もう少し明るく」と父のリクエストにイライラすることが多々あった。 
 もう一つは坂道が多かったこと。家に行くには坂を上って下らないと行けず、無謀にもマニュアルで免許をとった私はこの坂道に悪戦苦闘。半クラッチのコツがなかなかつかめず、ズズズッと下がってしまったり、エンストしそうになったり。この坂道のおかげで今では勾配のきつい坂道が怖くなくなり、バックで上がっていけるようになった。
 
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約20年父母たちが住んだ家には、間取りを見ただけで気に入ってくださった方が住んでくれる。ありがたいことです。これからは今までのように夕ご飯を食べにいったり(食べさせてもらったり)、頻繁に泊まりにいったりはできないけれど、旅行がてら顔を見に行こうと思う。
 しばらくは尾張旭に行くと、ついつい実家に寄ってしまいそうだなぁ。 
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