知立在住10周年

2013年10月25日
 わたくしが知立に住んでちょうど10年となりました。揖斐から知立にやってきたのは、忘れもしない平成15年の10月…って何日か完全に忘れてますが。たしか10年前の今日前後だったと思います。

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(2003.10.25撮影。最初住んだアパートの前の名鉄本線)

 当時は、前に務めていたK出版社を辞めて1年ちょっとで、いちおうフリーのライター・編集業を標榜しているものの岐阜の田舎にいてはいかんともしがたく、悶々としていた頃。かといって、地元の消防団に入っていた手前、出てゆくに出て行けず、にんともかんともな状態でした。
 そこへ、古巣の編プロから「契約社員ででもどう?」との打診が。これは願ったり。地元を出るにあたり消防団に説明する理由がほしかったのと(揖斐から名古屋都心の会社まではドアツードアで2時間かかる)、今さらながら定収入に惹かれ、それにホイホイと乗っかることに。そんなわけで、知立市内にアパートを借りることにしたのです。
 なんでまた知立なんぞを選んだかといいますと、ひとつはその編プロのある名古屋と、出入りしていた春夏秋冬叢書のある豊橋の、中間に位置しているから。週4日は名古屋に通い、あとの3日は三遠南信の取材に充てるのに好都合な場所かなと(その時は春夏で国道151号の本を作っていた)。
 そしてもうひとつは、三河マニアとしてどうしても三河に住みたかったから。できればもっと東がよかったけれど、知立もギリ三河なのでまあよかろうと。

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(2003.10.24撮影。最初住んだアパートの前を疾走するパノラマカー)

 今となってはそこまで三河に執着しているわけでもないですが。いや、本当は執着したいけど、そんなに三河の仕事があるわけではない。当時は「純粋三河人でない人間でこれほど三河を好きなヤツもいない!」とかなんとか思ってて、若気の至りっつーかなんつうか…。
 しかし実際に住んでみると、知立は交通の面でこれ以上ないほど便利。名鉄があるしJRも近い。知多半島にも近いし、名古屋高速までさほど遠くないので岐阜や尾張北部方面にも行きやすしい。おまけに住みはじめて数年後には伊勢湾岸道と東海環状道が開通し、東濃や南信や飛騨方面もぐんと近くなった。われながら慧眼であったといえましょう。
 ただ、そのおかげで取材先が多方面に拡散し、いったい自分の地元がどこなのかわからなくなってしまった。どこにいても異邦人な感じが拭えない、エセ三河人と化しております。う~ん。
(まさ)
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