TMの時代~M編

2013年10月09日
 昨日の続き。
 整理した義父の蔵書には他に、宮脇俊三氏の「時刻表2万キロ」(河出文庫版)がありました。これは宮脇先生のデビュー作で、国鉄全線完乗の記録。僕も小学生のころに読んでおり、同じく著書の「汽車旅12ヶ月」(新潮文庫版)ともにバイブル的存在でした。
 ただ御大はたまに、いかがなものかという文章を書いておられます。なんの本だったか忘れたが、新幹線で浜名湖付近を通過した時、車窓に廃養鰻場がたくさんあるのを見つけて「膨大な新幹線のゴミ処理施設にすればいいのでは」って、遠州を何だと思っているんだ!あと、名鉄谷汲線に乗ったらあまりの客の少なさに驚き「やはりバスに客を取られているのだろうか」って、谷汲行きの名阪近鉄バスもガラガラだわ!
 あれだけ田舎に行きまくっているのに、地方蔑視や地方への認識不足が顔をのぞかせるというのが、御大のすごいところというか、正直すぎるというか…。
 まあでも、この「時刻表2万キロ」は名著と思います。

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 マニアのおっさんがただローカル線を乗り倒すだけという内容なのに、このポップなカバー!最高だ。
 懐かしくて久しぶりにパラパラ読んでみると、ここ数年よく利用している武豊線のことが書いてある箇所を発見。

 岡崎に戻り、東海道本線に二〇分ほど乗って大府下車、武豊線で武豊までの一九・三キロを国電型座席のディーゼルカーで往復し、大府から快速電車で大垣に着いたのは16時30分であった。

 これだけかい!僕が純地元民だったら怒るぞ。でも、そうではないので笑った。
 ところで、本書のラストにはボーナストラックのように、完乗後に開通した気仙沼線の乗車記が掲載されています。気仙沼線といえば、ついこのあいだ見てきた南三陸町の志津川駅が沿線最大の駅。開業当日のにぎわいっぷりが描かれており、志津川駅の現状や「あまちゃん」の北三陸鉄道開業シーンなどが重なって、何とも言えない気持ちになります。
 その章にはこんな一文も。

 気仙沼線、特に志津川町民による鉄道敷設の陳情は明治三〇年ごろから始まっており、悲願八十年と言われる。なにしろ三陸地方は津浪が多く、とくに湾口がラッパ状に開いている志津川町では津浪の度に交通が途絶えて食料が不足し、鉄道への願いは一層切実だったという。

 宮脇先生も、まさか30数年後に志津川駅が津波で流されるとは思ってもみなかっただろう。
 なお、気仙沼線の被災区間はバス専用道として整備され、列車の代わりにバスが運行されています。

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 陸前戸倉駅付近をゆく気仙沼線のバス。
(まさ)
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