ザ・ストーン

2013年10月04日
 前回「田舎の商店によくあるタバコ陳列棚」の見本として出したものは、尾張旭の西大道町の廃商店です。夏に嫁の実家周辺をうろついた際に見つけました。尾張旭駅の南西あたりに残る瀬戸街道(県道61号)の旧道沿いにあるのですが、この界隈が意外と味わい深い。

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 尾張旭にもこういう雰囲気のところがあったとは。この道のくねった感じだけでぞくぞくしますね。あ、オオゲサでした。
 ところで、尾張旭といえば昔から「つんぼ石」というのが気になっていました。戦前の地図を見ると瀬戸電の旭前-尾張旭間に「聾石駅」があり、なんじゃそれはと。聾=つんぼ、すなわち耳が聞こえないことで、子供のころは話を聞いていなくて返答できないと「お前は耳つんぼか」などと大人によく言われたもんですが、放送禁止用語ということで今では滅多に耳にしません。語感はいいのだが。
 上の写真近くにある市立図書館で郷土誌等を調べたところ、以下のような伝説があるそうな。

「名古屋城築城の際に定光寺方面から石を切り出して運搬したある大名が、重いのでひとつ放置し、村人には『役人が来ても喋んじゃねえぞ。喋ったら殺すぞコラ』と釘を刺して去った。翌日村人は調べに来た役人につんぼのふりで応対したところ、役人は呆れ返って『つんぼの多い村だがね』と帰って行った。以来、この石をつんぼ石と呼ぶように…」

 また「耳病の患者が小石を供えて祈願すれば快癒するという伝承が残っていて、昭和初年までは、付近に小石の奉納が見られたという」という記述もあります。
 当の石は「新居八瀬之木の瀬戸街道と定光寺道(御成街道)の分岐点あたり」にあるというので、行ってみました。

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 ここがその分岐点にあたる砂川交差点。だけど「定光寺道」が見当たらない!どうも区画整理事業で定光寺道は完全に消滅してしまったらしい。
 あたりを不審者のように探し回り、最後はネットで調べたらやっと所在地が判明。砂川交差点北東裏の道の、民家の庭先でした。

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 おお、これか。正面には「南無阿弥陀仏」の名号の一部、かたわらには「定光寺道」の道標が…って、ただそれだけのものですが。
 どこのヒマ人が投稿したのか、wikiに「つんぼ石」の項目があるけど、載せるほどのもんかいな。
(まさ)
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尾張雑 | Comments(4) | Trackback(0)
Comment
No title
定光寺街道はほとんど消失してますからね。残っている部分はほんの僅かですし、遺構もかなり消失してますね。
さすがに柏井の大楠は移動できないでしょう。立派な木だけに今後無くならないことを期待です。
No title
街道がただの生活道路で、拡幅や三差路の整備の予定もなさそうだし、たぶん大丈夫…と思います。
No title
活人堂さん、むかしはK出版社の本をたくさん売って下さいました。学校に入っているので、学校の先生方にもバンバン売ってくれてねぇ…。昭和63年~平成4年頃のことです。望遠で撮っているから密な通りに見えますが、今ではスキスキになっているんではないですか? 旧道があそこらへんだけポツンと残っていて不思議です。今も元気かなぁ…ご主人。
No title
この通りでやっている店は活人堂さんだけですね。店を覗いてみたかったけど、行った日は定休日でした。

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