魅惑の野踏切

2013年09月16日
 春夏秋冬叢書「そう40号」の連動ネタ。
 小学校と同様、創刊号から毎回やらせてもらっている「地名探訪」の記事では、今号のキーワードが「秋」なので、旧千秋村を取り上げました。どこかと言いますと、新城市の千郷校区の半分で、現在の野田・豊島・稲木・川田・石田にあたる地域。存在したのは明治22年から39年までのわずか17年。我ながらマイナーすぎて呆れますが、これ以外だと三河遠州では「秋葉」ぐらいしかないもんですから仕方なく…。

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 現在では全く通用しない地名ですが、唯一、野田にある天理教の分教会が「千秋」を名乗っています。これは、千秋村時代の明治33年に開かれたから。
 それはさておき、この村域を飯田線が縦貫しておりまして、いい感じの踏切がいくつか見られます。下のふたつは踏切へ通じる道が両方とも未舗装で、車では通れません。

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 東上-野田城間の湧清水踏切。遮断機なし。

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 野田城-新城間の道目記踏切。シブい、シブすぎる!
 こういうナイスな雰囲気の踏切を僕は「野踏切(のふみきり)」と呼んで偏愛しておりまして、見つけると意味もなく何度も横切るという奇行に及びます。だって渡りたくなるじゃないのさ。
 そういえば二年前、飯田線の全踏切チェックをしようと思って豊橋から東上まで二回に分けて歩いたなあ。不毛に思えて途中でやめたけど、再開してみようかな。まあ、再開したらきっとまた途中で不毛に感じて挫折するだろう。制覇するには奇特な同行者が必要か…。

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 道目記踏切を通過する普通列車。シブいねどうも。なお、昨年の9月末に撮影したものですので、彼岸花を入れて野踏切や飯田線を撮りたい方は、2週間ほどのちにお出かけくださいませ。
(まさ)

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◎飯田線の踏切の話題
火の見踏切(小坂井-牛久保)→●□
長篠踏切(大海)→●□
墓地踏切(三河川合-池場)→●□
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東三河雑 | Comments(5) | Trackback(0)
Comment
飯田線の全踏切の前に
東海道線を・・・
カーブレール写真集と・・・
楽しみにずーっと待ってます (>_<)
No title
こんにちは。飯田線は車が渡れない踏切が結構多い気がしますね。
それにしても全踏切とは恐れ入ります。豊橋〜東上でもかなり大変かと思います。
西豊川支線で同じことをやって満足してた自分はスケールが小さいと反省。
No title
赤道(あかみち)踏切だけはぜひともおさえていただきたいですね。地元ネタですが、新蒲原ー由比間は集落の合間に鉄道が敷設された経緯からもともと赤道が多かったんですが、JR東海になってから減る一方です。やり方は一方的で、赤道を歩いている人による列車の急停止が多いようで「今後そうした事案があった場合、閉鎖する」と赤道前に告知看板があります。本来なら遮断機を設けるのが筋なんでしょうけど。
No title
⬆柴田です。失礼ました。
No title
シンパクさん
まあ、挫折してるんですけど…。

柴田さん
静岡の赤道、20年くらい前に静岡新聞の記事を読んだ記憶があります。たしか袖師か横砂のばあさんが「危ないけど畑があるもんで仕方ないに」とかなんとかインタビューに答えてたような記憶があります。
少し前にあるところで聞いた話だと、JR東海は基本的に踏切を新設・整備しない方針なんだそうです。理由は、究極的にはすべて廃止するのが理想だから、とか…。

A112さん
えっ!?

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