懐かしの学び舎

2013年09月15日
 春夏秋冬叢書「そう40号」の連動ネタ。
 そうはこの号で丸10年になります。僕が担当している「わが町の小学校」というページは創刊号からやっており、訪れた三遠南信の小学校もちょうど40校。いろんなところへ行ったもんです。
 そもそもなぜ小学校の連載企画をやることになったのかというと、急に雑誌を作ることになって「会議をやるから」と呼ばれた席で、なんかやりたいことない?と聞かれて提案して即採用されたからなのでした。
 少し前まで勤務していたK出版社で僕はあちこちの地域の古写真集を製作しており、ほうぼうの小学校で「古い写真ありませんか?」と尋ねて回っていました。小学校はかなりの確率で古い写真を持っているうえ、取材趣旨を伝えるとほぼ100%快く協力してくれたので(都会ではなく四国や九州の田舎の取材が多かったというのもある)、小学校の取材は大好物。そんなわけで、この機会にもう一度小学校めぐりをやろう!と思い立っての企画提案でした。
 で、一回目に取材先として選んだのが、三河大野にある鳳来町立(当時)東陽小学校。ただし東陽小じたいのことではなく、前年に統合した旧七郷一色小学校を最後の在校生だった2人の児童と一緒に見に行く、という内容でした。

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(2003.10.17撮影、以下同じ)

 下校する子供たちと一緒に町営バスへ乗り込み、

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 終点にある旧七郷一色小で子供たちと一緒に当時を懐かしむ…って、企画・取材した本人すらなんだかよくわからない!子供たちも困惑したことでしょう。どうもスイマセン。
 いったいなんでまたそんな記事になったのかと振り返ると、たしか最初は「廃校舎めぐり」をやるつもりだったのが、編集部から「いくらなんでもそりゃないわ」と突っ込まれて、次号以降は「地域性のある学校行事や活動」「古い校舎や校内資料館など特色ある施設」という方向になったのでした。

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 このとき取材させもらった子供たちも、大学生ならもう卒業する年齢だ。月日の経つのは早く、僕も年を取った。当時と比べて自分の進歩のなさに呆れる次第である。
 参考までに、これまで取材した小学校。このうち4校が廃校になってしまった…。

1号・鳳来町立東陽小学校/2号・飯田市立追手町小学校/3号・浜松市立元城小学校/4号・豊橋市立豊南小学校/5号・泰阜村立泰阜北小学校/6号・細江町立伊目小学校/7号・設楽町立田峯小学校/8号・渥美町立伊良湖小学校/9号・一色町立佐久島小学校/10号・浜松市立光明小学校/11号・豊橋市立前芝小学校/12号・新城市立連谷小学校/13号・岡崎市立大樹寺小学校/14号・音羽町立萩小学校/15号・新城市立新城小学校/16号・豊橋市立新川小学校/17号・新城市立舟着小学校/18号・高森町立高森南小学校/19号・岡崎市立恵田小学校→●□/20号・蒲郡市立竹島小学校/21号・田原市立野田小学校/22号・浜松市立田沢小学校/23号・岡崎市立鳥川小学校→●□●□●□/24号・小坂井町立小坂井東小学校/25号・豊橋市立老津小学校/26号・東栄町立東部小学校→●□/27号・浜松市立西気賀小学校→●□/28号・豊橋市立二川小学校/29号・豊橋市立野依小学校/30号・豊川市立三蔵子小学校/31号・田原市立赤羽根小学校→●□/32号・設楽町立名倉小学校→●□/33号・蒲郡市立塩津小学校/34号・豊橋市立石巻小学校/35号・豊橋市立下地小学校/36号・浜松市立都田小学校/37号・飯田市立千栄小学校/38号・新城市立協和小学校→●□/39号・西尾市立西野町小学校→●□/40号・豊橋市立大崎小学校

(まさ)

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東三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)
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