近場の戦争遺跡

2013年09月13日
 昨日の続きで戦争遺跡といえば、豊橋にもいくつかあります。下の写真は、豊橋南西部の埋め立て工場エリア、明海町に残る戦争遺跡。奥に見えるのはトピー工業です。

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 明海町の一帯は、太平洋戦争が始まるまでは砂州のような島がいくつかあったのですが、戦時中「大津島」などを土台にし八角形の土地を造成し、豊橋海軍航空隊が設置されました。このずらっと並んだ縁石は、海辺の大崎集落と海軍の人工島を結ぶ「海軍橋」の名残です(橋というより海上道路のようなものか)。
 この写真は、ただいま発売中、豊橋の春夏秋冬叢書の季刊誌「そう40号」の取材で、大崎小学校の「干潟再生実験プロジェクト」を見に行ったときに撮影したもの…というわけで話を強引に「そう」のほうに持っていきまして、最初にネタを仕入れたとき、明海のような工場地帯でネイチャー系の学校行事なんてできるのか訝しく思ったのですが、この縁石の下が意外な穴場だった。

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 満潮時には普通の海。

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 ところが干潮時には、このように広々とした干潟が出現するのだ。生物も意外なほどたくさんうごめいており、少ないながらもアサリまで発見された(小学生が)のには驚いた。明海なんぞに!
 もっともわたくし、生き物についてはとんと無知なので、詳しい人にとっては意外でもなんでもないかもしれません。

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 昨年9月と今年5月の2回取材に行き、5月の取材には2歳児にもレアな体験をさせてやろうと、連れて行ってみました。仕事なのになにをやっとんじゃと思われる向きもありましょうが、前々号の新城市立協和小学校(→●□)、前号の西尾市立西野町小学校にも連れて行っております。いい体験をさせてもらいまして、各小学校に感謝申し上げる次第です、ってなんの話だ。
(まさ)

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東三河雑 | Comments(2) | Trackback(0)
Comment
No title
平成元年に『豊橋いまむかし』取材であのあたりの話は地元民によく伺って、歩いているんですが、知らなかった…。まだまだ駆けだしの頃だったので、しつこさが不足していたな。いい勉強になりました。
No title
逆に僕は、この縁石の存在は前から知っていましたが航空隊と結びついてなくて、久しぶりに行って「そういえば…」と気付いた次第です。

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