門柱パンチ

2013年07月02日
 春夏秋冬叢書(豊橋市)の季刊誌「そう」39号の連動ネタ。
 一年前、連載の「わが町の小学校」掲載用に、西尾市の西野町小学校で茶摘みや茶会など一連の「茶行事」を取材しまして、西野町小の沿革を調べたところ、昭和59年に現在地に移転したことが判明。統合などではなく単純に校地拡大のための移転というレアケースに興味を覚え、旧校地がどうなっているか見に行ってみた。

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 かつて学校があったのは、文化財を多数保有する西尾市きっての古刹、実相寺の隣り。現在は西野町ふれあいセンターになっており往年の面影はあまりないけれど、門柱が残されておりました。

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 その門柱にはかつての校章が!「一」は旧校名である「西尾第一尋常高等小学校」の意味。回りを囲む菱形のような文様は、何かと思えば西尾市の市章ではないか。戦前は市制施行していないので、旧西尾町の町章になるのか?
 市のHPによるとこれは「結び井桁」と呼ばれるもので、「旧西尾城主大給松平氏の道中目印として使用していたものと伝えられ、整然とした市街と市民の団結を象徴しています」とのこと。

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 ちなみにこちらは現在の西野町小学校の校章。伝統を受け継いで「結び井桁」があしらわれております。この旗は、校外の茶畑で実施される「茶摘み体験学習」の際、協力茶園に掲揚されるもの。

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 さらにちなみに、こちらは実相寺。いい寺だ。
 この取材から一年、また西尾も御無沙汰状態であります。
(まさ)

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西三河雑 | Comments(3) | Trackback(0)
Comment
その後を追う
最近の感想ですが、貴兄の書くものに、当該地方に密着していることのトレーサビリティが出てきているように思います。最近、感動したのが、『こんな夜更けにバナナかよ』でブレイクした渡辺一史さんが書いた『北の無人駅から』。名古屋生まれで、中学高校と豊中市で育ち、北海道大学に入って北海道に魅せられたライターです。分厚い本で、読むのにひるみますが、貴兄と年齢も近い著者の、この郷土へのアプローチの微妙なよそ様加減が、まことにみごとに地方を描ききって感動的でした。こういう手法は、貴兄も得意なのではないかとも思うのですが、もうちょっと博物学的なのかな?時間がゆるせば、ご一読をお勧めいたします。
No title
その本は既読です。たいへん面白かったです。
僕はK社で100年史を作って以来、一部のマニアや一部の地元民が共感するようなローカルなネタを、いかにして一般にもウケるように書き、編集するか、ということを最大のテーマにしてやってきました。
しかしこの10年、どうもうまくいかなかったいうか、手法や思考や視点を少し変えていかないと、とてもこの本の著者の域には達しないなと感じておる次第です。
どうしたもんか…。
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