県道に架ける橋

2013年06月25日
 またまた春夏秋冬叢書(豊橋市)の季刊誌「そう」39号の連動ネタで、旧額田町夏山の話題。
 夏山地内には、県道333号(切山夏山線)というゾロ目ナンバーの道が走っております。

130625-3.jpg

 国道301号の旧作手・額田の境あたりから、千万町、木下を経て夏山鬼沢で国道473号に合流するマイナールート。沿道の3地区(千万町・木下・夏山)にはHINOMIがあるので、火の見櫓マニアの皆さんにのみ、お馴染みの道でしょう。
 この写真は夏山小学校の500メートルほど北で撮影したもの。中ほどに小さい橋が写りこんでおりますが、銘板をチェックして驚いた。なんと名前が「仙丸橋」!

130624-3.jpg ※「昭和三年三月改築」の銘板もあり

 仙丸は人の名前でして、戦国時代にこの地域に勢力を張っていた奥平貞能の次男坊。三河の覇権ををめぐって武田VS徳川のバトルが繰り広げられていた際、奥平氏は武田方について、息子の仙丸ほか二名を人質に差し出しました。
 ところがいろいろあって、奥平氏はやがて徳川方に寝返ります。これを知って激怒した武田勝頼は天正元年(1573)、見せしめに仙丸たちを殺害し、鳳来寺山麓の門谷に首を晒します。仙丸はその時13歳。戦国時代のこととはいえ、なんとまあ気の毒な…。

130624-2.jpg

 これに対して奥平氏は、闇夜に乗じて仙丸の首を奪還。門谷から山越えして、分家が治めていた夏山へと運びます。仙丸の首の埋葬場所は、この橋のすぐそば。墓は奥平氏配下の黒屋家が代々守り、今も道路際に静かに佇んでおります。

130624-1.jpg

 誰が名付けたのか、そんな仙丸を橋の名前にしたという、なんともマニアックな一席でございました。
 ついでなのでもう一枚。仙丸橋のすぐ南に、昭和2年架橋の「八幡橋」というのもあって、こちらは欄干が少し凝っている。

130625-5.jpg

 夏山の夏、日本の夏、てなもんで。←くどい
(まさ)

130620-1.jpg
スポンサーサイト
西三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)
Comment

管理者のみに表示