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開設記念HINOMIレポート

 前回の続き。
 新城駅前桜の植樹に関する記事が載ってないもんかと、新城市役所に行って昭和30年代の広報バックナンバーを見せてもらっていたら、桜の記事はなかったけど代わりに火の見櫓の記事を発見しました。拙著「火の見櫓暮情」のあとがきにも書いたけど、火の見櫓のことが書かれた資料はなかなか見つからず、たいへん貴重です。
 新城は広報の縮刷版を作っておらず(鳳来と作手はあるのに…)容易に閲覧できない資料ですので、全文を記載しておきます。

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火の見ヤグラ贈る 豊橋の県さん

 新城市川田地区は、立派な火の見ヤグラの寄附を受け喜びにわいている。
 川田地区には今まで火の見は一基しかなく部落全体は半鐘が聞こえなく非常の場合、不安の的となっておったが、豊橋市花田町、鉄工業、県甲子二郎さんの寄附でこの不安も解消された。
 県さんの経営する鉄工所へ川田から従業員が出ており川田地区に火の見が不足して困っていること聞いた県さんは、それでは私が寄附しましょうと資材全部(時価約十二万円)を寄付した。これを聞いた地元民は喜こんでこの建設奉仕を行い立派に完成したものです。
 竣工式は八月十二日、小野田市長、県さんら関係者多数が出席して行なわれ、県さんには市長から感謝状がおくられた。
 なお県さんは、三十五年に新城市稲木地区へも同じような火の見ヤグラを寄附されている。

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(広報しんしろ 昭和37年9月号。原文ママ)

 不鮮明な写真も載ってまして、形状は四脚で下方が末広がり、方形屋根、見張台四角、梯子は脚の一面、筋交はリングブレースではなくただの交差。豊橋の牟呂公文(→●□)のような感じかな?牟呂町公文は花田町に隣接しているので、県さんの鉄工所製でもおかしくない。
 設置場所は不明ですが、「今まで1基しかなく、それでは全域に半鐘が聞こえない」という記述から考えると、高台の川田平地区(トンボ鉛筆や西日本電線の工場があるエリア)ではないかと思われます。また、95年ごろに宝飯、南設のHINOMIをたくさん撮影しておられるSさん(火の見櫓暮情の取材協力者)もこれは撮られてないので、かなり早くに撤去されたのでしょう。

130316-2.jpg

 オマケ。川田の国道151号の大掘割(飯田線をまたぐところ)。道の上が川田平地区になります。
(まさ)
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コメント

すぎやま

No title
これは貴重な資料ですねー。
火の見櫓が無いと不安?
いやー、すごいご意見です。
隣の地区に火の見櫓があるのに、ウチには無い、、。これはいけない。

たしかに、昭和30年代は火事がとても多かったようで、
住民の意識が今とはまるで違ってたんでしょうね。

地区によっては驚くほど火の見の密度が高い所がありますよね。
きっとそういった事情があったんでしょう。
昨日、養老町に行ったんですが、まだたくさん残っています。海津や輪之内にも。
探さなくても次々と現れるんです。
きっと火の見櫓建設ブームがある時期あったんじゃないのかなー。
今となっては、寄付者や建設業者ももう分からなくなってるんでしょうが。
火の見櫓が文化遺産となる日が来る、、かな?

まさ

No title
おっしゃるとおり西濃は大垣を除いてHINOMIの残存率が異様に高いのですが、ウチの地元の旧揖斐川町は1基しか残っておらず、残念な町です。大野と池田はやたらと多いのに…。
非公開コメント

MARUKA-DO

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東海地方を縦横無尽、
全国各地に神出鬼没の
取材・執筆・編集事務所。
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まさ…岐阜・揖斐川町出身
まり…愛知・尾張地方出身
2003~2019愛知県知立市在住
2019~岐阜県揖斐川町在住

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