石碑群と1歳児

 昨日の続き。
 その谷田神明社の境内には、なかなかマニアックな石碑がいくつかあります。

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 ひとつは大正2年に愛知県で行われた陸軍大演習の際、天皇がここで休憩したことを示すもの。菊の御紋らしき台座の上に円柱が乗っかっていおります。なんというか、シンプルながら味わい深い一品。不敬な表現か?

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 もうひとつは昭和10年に建立された、四角柱のもの。四面にびっしりと文字が刻まれていますが、普通ここまで文字を書くんだったら、板状の石碑にするものだが…。
 この碑文のタイトルは「谷田郷土誌」。そのとおりこの地域の歴史がつらつら書かれている。それによると、昔はこの一帯を長崎といい刈谷城主の所領だったのだが、明暦4年(1658)に一部を分割し「刈谷新田」を開いたと。のちに刈谷新田を縮めて「谷田」にした…云々。谷田は「たにだ」ではなく「やた」と読みますが、なるほど、「ヤ」はカリヤの「ヤ」だったのね。
 しかし、地名由来を記した石碑というのもなかなかマニアックだ。

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 こんな具合に喜々として境内を探検する1歳児であった。
 探検といえば最近、探検家の角幡唯介が書いた北極探検のノンフィクション「アグルーカの行方」と、エッセイ集「探検家、36歳の憂鬱」を読みまして、すごく面白いけど1歳児が大きくなってこれを本棚から引っ張り出して読んで「ボクも探検家になる!」とかアホなことを言い出したらどうしよう…なんて心配になったけど、この格好を見ると、探検というより定年後に郷土史研究にハマった年寄りのようですな。蛙の子は蛙ということか…。
 とりあえず、親と同じ紙媒体業界(斜陽産業)には行ってほしくないところです。
(まさ)
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