可美村探検隊

2012年06月12日
 毎号制作に参加している春夏秋冬叢書(豊橋市)の季刊誌「そう」35号が発売中です。

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 今号のキーワードは「楽」。わたくし(まさ)は毎号と同じく地名探訪&小学校連載に「音楽の町浜松」を担当、嫁(まり)は、西尾市下矢田町の養寿寺を拠点の「雅楽」愛好グループをレポートしました。われわれの担当ではないですが、以前このブログに書いたナイルパン(→●□)の製造元、八楽製パン(新城市)の記事も載っております。ぜひ書店でお買い求めください。三遠南信エリア以外でも、ちくさ正文館本支店、名古屋タカシマヤ三省堂、カルコス各店などで販売されています。

 今回の地名探訪は「楽」の付く地名ということで、浜松市南区の増楽を取り上げてみました。ゾウラと読みます。日本語に訳すと「すんごい楽チン」。別に訳さなくてもいいです。

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 増楽で思い出すのが、昔あった浜名郡可美村。現在の南区増楽町、高塚町、若林町、東若林町から成り、浜松市の中にポツンと島のようにあった村です。その地理的状況から「遠州のサンマリノ」とも呼ばれていました(ウソ)。
 浜松市に合併したのは平成3年(1991)5月1日という中途半端な時期。合併話は戦前からあったものの、合併しなくても特に困らないという理由で、ずっと独立を保ってきました。スズキとエンシュウという大企業のおかげで、財政的に豊かだったのです。
 当時大学2年生だった僕は、可美村最後の日に村内を歩き回りました。そのとき役場で入手したグッズ(?)がこちら。

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 上は可美村村政要覧。発行はこの年の3月、つまり合併のたった2か月前。村の77年の歩みを振り返る記念誌という体裁ではなく、村の政治・経済・教育・環境・防災などを網羅的に紹介した、当時の要覧としてはごく一般的な内容のもの。意味ねえ!しかも当時の行政で流行していたチープなマンガまで散りばめて…。財政の余裕っぷりがうかがえます。
 下は「広報かみ」の最終号。それまで2色刷りだったのが、最後は奮発して一部カラー。記念すべき最終号の最終ページに編集担当者のつぶやきコーナーがあるのだが、その締めくくりの文面がすごい。

今月号で締め切りからも解放され、やっと本来の明るい自分に戻れます。みなさん、今までありがとうございました。

 広報担当に向いてなさすぎでは…。この企画課職員が合併後の新部署でどのような気持ちで仕事に臨まれたか、聞いてみたいものです。
 さて、村政要覧のマンガのフキダシには「私たちは可美村探検隊。どんなまちかすみずみまで見てまわろうね。(原文ママ)」と書かれています。若干19歳だった僕もそのセリフにならって、「村」をすみずみまで見て回りました。

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(1991.4.30撮影。以下同じ)

 現在は「可美市民サービスセンター」と改称した「可美役場」バス停。なぜ「村」を付けなかったのだろうか。

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 村のオフィシャルバンは当然ながらスズキ製だった。

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 可美村の文字が入った標識類。
 ほかにもいろいろ撮ったけど、しょうもないものばかりなのでこれくらいにしておきます。増楽および可美地区は、カメラのシャッターを切りたくなる風景が少なすぎて今回非常に困りましたが、当時のアルバムにもろくな写真がないところをみると、21年前も同じ心境だったようです。
 その中で唯一、これは貴重だと思える写真がこちら。

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 増楽郵便局の旧局舎だ!確か現局舎の道路を挟んだ向かい側あたりにあった覚えがあります。現存していりゃ国の登録文化財級でしょう。(←昨日と同じ文章)
(まさ)
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遠州雑 | Comments(0) | Trackback(0)
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