新しい駅のブルース

2012年06月05日
 先週なかば、ヒマつぶしに1歳児を連れて刈谷から電車に乗り、3月に開業した幸田町の相見駅に行ってみました。
 新駅なのでもちろん橋上駅舎で、改札を抜けてコンコースに立つと、東西両側の景色が眺められます。

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 西側。なにもない。一瞬、惨憺たる有様のりんくう常滑駅を思い出しますが、区画整理の向こうは美しい田園が広がっております。

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 東側。まさしく開発途上の風景。画面中央やや右に見える「おわら風の盆」で躍る人がかぶる笠みたいな建物、なにかと思って行ってみたらトイレでした。斬新じゃのう。

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 で、下りて駅舎を眺めてみると、なんともJR東海的な感じというか…。ただ、分厚い板状のハコを東西に置いている点は、最近の他駅の形状とはちょっと異なっております。
 ちなみに駅舎の前に見えるウェーブ状のモニュメントは、タイトルが「絆」だそうです。ブームに乗ってますね。

 ところで、相見とは聞き覚えがないなあと思ったら、幸田町北部を流れる川の名前で、さらには明治時代に一時期だけ存在した自治体の名前だったのですね。幸田町史によると、大草・高力・菱池・横落が村域で、明治22年から17年間存在。明治39年に坂崎、深溝と合併して広田村になり(これも川の名前)、明治41年に幸田村に改称されました。
 幸田駅は、もともとは相見村が単独で「相見駅」を設置しようとしたのが、合併を機に「広田駅」設置運動に変わった結果、設置されたんだそうな。つまり、相見駅誕生は地元にとっては100年の悲願達成…ということになるのかな?
 この件に関して、「岡崎・西尾の昭和」(樹林舎)のP194のコラムによると「駅名は、既に福島県に広田駅があることから、「広」を「幸」に変え、幸田駅と名付けられ…」とあり、さらに角川地名辞典によると「明治41年、『鉄道停車場駅名ヲ其ノママ本村名ニ応用スル』として、幸田に変更された。(広田村村会議事録)」とのことです。いろいろややこしい明治時代の幸田である。

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 まあ、この駅名に相見を採用したのは、歴史的バックボーンがあったからというよりも、「あいみ」の語感のよさや字面のよさが新興開発地にはうってつけだとの、開発業者と役場の思惑でしょうな。
 そんな相見駅界隈がこれからどのように発展してゆくか楽しみです…ということは幸田町民じゃないので思いませんけれど、ただひとつ、50年後には幸田町内の東海道線の車窓から田んぼまったく見えなくなっているだろうな、と。
(まさ)
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西三河雑 | Comments(3) | Trackback(0)
Comment
無駄に屋根の大きなトイレでしたね。お堀(?)で囲まれてるし・・・
デモって、肝心のトイレは広くない (>_<)

>これからどのように発展してゆくか楽しみです…
わたしも隣町の住人なので楽しみではありません。
No title
岐阜羽島駅では今でもキジがないています(笑)
No title
A112さん
トイレ狭いんだ。僕が思ったのは、我慢できなくてあわてて駆け込もうとしたとき、足を滑らせて池に落ちるヤツがいたら面白いなと。

くじら山こうじさん
ウチの地元の岐阜羽島駅、キジがいるなんて素晴らしいやおまへんか。大野伴睦先生万歳!

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