カンバンの手帖ブログ版0206

2012年06月02日
 昨日の続き。
 嫁とカメラマンAさんは取材で「天竜ライン下り」乗ってしまったので、僕と1歳児は暇潰しにふらふらと飯田の奥地へ。天竜峡から15分ほど山に分け入ったところで、こんなカンバンに遭遇。

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 死んだウチのばあさんの名前じゃん!しかし千代子とは今どき古風な…というわけではもちろんなくて、飯田市の南東端に位置する千代地区にある、千代小学校の子供たちすなわち「千代っ子」を応援するカンバンです。
 小学生がデザインしたらしいカエルのキャラが描かれ、地元の小企業が総出でスポンサード。しかし、子供たちに何を頑張れというのだろうか。まあ、過疎地なんで言わんとすることはなんとなくわかりますが…。なんでもいいからとにかく頑張れ。

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 千代地区中心部の米川は、山の中に忽然と現れる小さな町場です。幹線ルートから離れているのでこれまで3回くらいしか行ったことないですが、なかなか味わい深い町並み。時又から泰阜村に至る道筋(街道というほどの大きい道ではない)の途上にあります。玄関口は、いちおう飯田線千代駅(→●□)。

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 宿場町っぽいメインストリート。最初に訪れた20年前に比べると減っているものの、まだまだ現役の商店が何軒か。泰阜村には町場とよべるほど家並が密集しているところはないので、千代・泰阜両村にまたがる広いエリアの中心地区とみなしていいかと思います。

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 むかしはテーラーもあったという。
 この日は何人かの村人とすれ違ったのだが、こちらは1歳児を前に抱えて歩いていたので、皆さんたぶん頭にクエスチョンマークが3つぐらい浮かんだことでしょう。一人だったら不審者っぽいから。子供連れは有利だ。

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 千代校区の名所、よこね田んぼにも1年ぶりに再訪してみました。棚田の似合うボウズである。

 どうでもいいけど、小学校で多用される「××っ子」という表記。いつから使われるようになったかはわからないけれど、僕の母校の揖斐川町立小島小学校では、僕が小学校6年生のとき(昭和57年)が初出だったと、はっきり覚えています。
 使い始めたのは隣のクラスの担任だった女の先生。卒業文集のタイトルをその先生が勝手に「小島っ子」と決めてしまったのだった。それまで卒業文集は文集委員の合議か児童の投票で決まっていたはずで、文集委員だった僕は何になるかとても楽しみにしていたのだが、先生のベタなセンスにがっかりを通り越して憤りすら覚えたものです。たしかこの先生、前の年に池田町か神戸町から転勤してきてて、なんでよその学校の流儀をウチに持ち込むんじゃい、と。いやはや、うっとおしいこと考える小学生だね。
 しかしその後「××っ子」は全国的にスタンダードになっていきました。当然ながら今では特になんとも思っていおらず、千代っ子に含むところもないので念のため。
(まさ)
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伊那谷雑 | Comments(0) | Trackback(0)
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