のぎやん0007

2012年05月31日
 昨日の続き。
 知立から碧南市西端への道すがら、安城市高棚の集落はずれにある神明神社にも寄ってみました(「ららくるにしばたに行ったついで」とか昨日書いたけど、どれが本当の目的地でどれがついでだかわかりゃしねえ)。特に目的もなく時間つぶしです。高棚に初めて行ったのは20年近く前、まだ依佐美の鉄塔があった頃だけど、その頃から「男の中の男」ならぬ「碧海の中の碧海」的な雰囲気を感じて、なんか好きなんだよなあ。

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 周囲を古木が覆い、広い境内を持つなかなか立派な神社です。同じ旧碧海郡依佐美村の野田八幡宮(→●□)といい勝負です。
 1歳児を抱えながら境内をウロウロしていると、顔なじみのあの人の石像が!

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 以前の記事のコメントで、軍人像には乃木希典と東郷平八郎がいるというご指摘をいただき勉強になりましたが、この像は台座を見るとどっちがどっちかよくわかります。

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 左は東郷平八郎。下に「宏動無彊」と意味のよくわからない四文字熟語。文章は本人直筆の「皇国の興廃此の一戦に在り、各員一層奮励努力せよ」の有名なフレーズ。
 右は乃木希典。下に「至誠有終」とこれまたよくわからない四文字熟語。文章は同じく本人直筆で「爾霊山嶮豈難攀 男子功名期克艱 鐵血覆山形改 萬人齊仰霊山」?爾霊山でGOOGLE検索すると関西吟詩文化協会のサイトがトップに出てきて、そこに意味が書かれていますので興味のある方は見てくださいませ。
 このほか、拝殿脇の国旗掲揚塔もなかなかの逸品。

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 右には国歌、左には明治天皇の和歌「くもりなき 朝日の旗に あまてらす 神のみいつを あおげ国民」が刻まれています。いや~、大(以下自粛)。

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 ほかにも、元は鉄製で戦時中に供出され再建されたと思われる神馬像、「碧海郡依佐美村」の文字が刻まれた標柱、東京で成功した地元出身者が寄進したと思われる狛犬、大正時代の道標、記念碑などなど、マニアックな石モノがわんさかあって、マニアにはこたえられない神社でした。これで依佐美村道路元標があればパーフェクトだったが、さすがにそれはなかった。

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 今日は鼠色と緑色ばっかりだったので、最後にオレンジ色に染まる高棚の麦畑でも…。
(まさ)

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◎のぎやんシリーズ 
0001豊田市林添町→●□
0002豊田市(旧旭町)杉本→●□
0003東栄町中設楽→●□
0004蒲郡市三谷→●□
0005名古屋市中村区名駅5→●□
0006常滑市古場→●□
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西三河雑 | Comments(2) | Trackback(0)
Comment
乃木と東郷
乃木・東郷像についてはちょっと一言。
高棚神明社の、乃木・東郷像は、旧依佐美村高棚国民学校(現在・高棚保育園)
校門付近に二宮金次郎像と共に建立されていました。
戦後三体の像は穴を掘って埋められたが昭和40年ごろ掘りだし現在地へ移転されました。
「高棚史」に昭和16年に村の有志により建立とあります。
※安城の小学校の先生が調べられた資料に寄ります。
双眼鏡マニア?の私としては、神明社の東郷が持ってる双眼鏡はツァイスの
変倍双眼鏡を表現していて、また幼少期に片眼を失明している乃木は単眼鏡を
持っている所を表わしていて納得なのであります。
金次郎像は現在の高棚小学校に移築されていますが、埋めた時に首が折れて
修復がマズかったのか妙にうなだれています。つらい過去を慮ってるのか、、、。
No title
へえ~、掘り出して再建とは、高棚の人たちも粋ですね。
ところで今日、豊田の山間部をうろちょろしていたら、幸海小学校の脇でのぎやんを発見しました。ここは1体だけでした。

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