ナラワ恋しぐれ

2012年05月28日
 久しぶりに樹林舎刊「知多半島の昭和」(→●□)プロモーションシリーズ。昨日の駅の話題つながりで、知多半島の駅のネタ。
 本書では、吉田初三郎が作った鳥瞰図をどーんと4枚もカラーで載せております(横須賀、半田、常滑、南知多)。初三郎の知多半島の作品はけっこう多いのだけれど、ひとところにまとめて紹介されたことがほとんどないので、地図マニア、初三郎マニアはぜひ本書をご覧いただきたいところです。
 で、そのうちのひとつ、昭和13年に発行された「半田市鳥瞰図」を仔細に眺めていたら、あることに気が付きました。

120528-1.jpg

 あれ、東成岩駅の位置が違う!現在は、列車が描かれているところあたりにあるのだが、どうやらこの地図ができたあと、移転したらしい。
 4年前に地元で発行された「武豊線物語」という好著によると、武豊線にガソリンカーが導入された昭和8年に開業したのだけれど、町外れに位置しているため利用客がちっとも増えず、昭和17年にいったん廃止。しかし2年後、地図の「成岩浜」が埋め立てられて国策で川崎重工が建設されると、その正門前に東成岩駅が移転復活した、とのこと。
 なるほど。この駅がなぜ「東」成岩なのか長らく疑問に思っていましたが、これで腑に落ちた。もとは名前のとおり、成岩市街の東玄関に位置していたのね。

120528-3.jpg

 旧東成岩駅があったのはここ。所在地は「半田市成岩東町」で、踏切の向こうは日本ガイシの正門になります。旧駅の写真が本書に掲載できれば完璧だったが、残念ながら探し当てられず。

120528-5.jpg

 こちらは現東成岩駅。立地からいえば「南東」成岩。駅舎は昭和19年、移転オープン時に建設されたものです。中途半端に安普請っぽいのは、戦時中だったからでしょうか。

120528-2.jpg
             例によってHINOMIが!↑

 ついでに書いておくと、この鳥瞰図では南成岩駅(青山駅の旧名)も今とは場所が違ってて、神戸川の北に描かれています(これは「知多巡礼紀行」を作ったとき、どこかの住職に聞いて知っていた)。たぶん、知多半島屈指の名刹で知多四国第21番札所・常楽寺への下車駅という性格も強かったのではないかと。
 これがいつ神戸川南に移転したのかが不明で、名鉄100年史を調べてもなぜか載っていません。

120528-4.jpg

 旧南成岩駅があったのはこのへん。高架化工事ももうすぐ完成します。
 東成岩駅は腑に落ちたけど、この青山駅に関しては腑に落ちない。もともと青山駅付近は「馬場」という地名だったのが、のちに「有楽町」になり、さらに駅西の新興地域「青山町」を駅名にして、今では一帯がすっかり青山のイメージに。この東京志向丸出しのプロセス!にんともかんとも。
(まさ)

-------------------------------------
◎知多半島の廃駅シリーズ
浦島駅→●□
「新」布土駅→●□
時志駅→●□●□
小野浦(仮称)駅→●□
四海波駅→●□
スポンサーサイト
知多雑 | Comments(2) | Trackback(0)
Comment
No title
そうそう、妙に変なエリアなんです。仕事で夢屋書店半田店にはちょくちょく行くのですが、あの界隈の妙な変貌ぶりが気になっていました。「青山」というのは、基本的に“墓地”のことです。御存じでしょうが、東京の青山墓地などは、意味からすれば墓地墓地ですもんね。カッコイイ地名と誰かが思ったのでしょうか?
No title
角川地名辞典によると昭和32年に「青山町」ができたようです。にしても、わざわざ駅名改称したのは、青山のおしゃれなイメージに乗っかったからでしょうね。それが名鉄主体なのか、地元の要請なのかわかりませんが…。

管理者のみに表示