資源としての秘境駅0005

2012年04月20日
 月曜日、10年ぶりくらいに飯田線最強の駅、小和田に行ってきました。いちおう取材です。朝4時半に家を出て、中央道→三遠南信道→R151→県1で天龍村の伊那小沢駅へ。駅前に車を停め、上り一番電車に乗って小和田往復という行程。これだと30分ほど小和田駅に滞在できます。

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 この駅はなんというか…青春の駅、とでも言いましょうか。大学生だった20年のちょうど今ごろに初めて下車して、そのあまりの強烈な環境に感動。同級生の“トロツキスト”N、後輩の“子ブタ”Oを誘って駅ネしたら、夜中に突然駅の電気が消えてマジびびり。その少し後には、Nが立ち上げたサークル野宿研究会の合宿を開催。そして18きっぷのシーズンのたびに来ては近隣を探索しまくったものだった。
 2003年に発刊された春夏秋冬叢書の「各駅停車飯田線」に、小和田駅と近くに住む方のレポートが載っているのを見たときは、やりたかったことを先にやられてしまったと歯噛みし、悔しくて売り込みに行きました。そこからフリー稼業が始まり、ここの編集会議で嫁とも出会い、今に至るという次第です。
 歳を重ね、いろいろなことが変わってゆくのに、小和田の変わらなさっぷりを目の当たりにすると、涙が出てきそうになる、ようなないような。

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 駅下の製茶工場跡も。

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 ミゼットも。

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 そして愛の椅子も。朽ちることが最初から分かっていたコイツを置いた水窪町役場も今は亡きもの。90年代初頭に人気を博したマンガ「BANANA FISH」にこんなセリフがあったのを思い出した。おぞましいものも懐かしいものも、ここには全てがある…。
 皇太子成婚の大フィーバーの余波で、ここで結婚式を挙げた酔狂なカップルがおり、そのときの色褪せた写真も駅舎内にまだ飾られていますが、この二人はお元気なのでしょうか。
 しんみりしながら、待合室に置かれていた古い「駅ノート」を開いてみたら、偶然にも20歳の僕と当時付き合っていた彼女と二人で書いたページだった。あ痛たた。
(まさ)
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遠州雑 | Comments(3) | Trackback(0)
Comment
No title
こういういすは、メンテをしないなら最初から置かない方がいいですね。
No title
あの時は水窪町の名が全国に広まる最初で最後のチャンスで、役場の人のテンションがマックスになっちゃったんでしょうね。この後どうなっていくのか長期的に見守っていきたい…というか、老後に再訪してボロボロになったこの椅子を見て、原稿のネタにしたいです。
No title
その前に個人的に直しちゃおうかなあ(笑)
町の人はなんとも思わないのですかね。
「鶴瓶の家族に乾杯」で、町おこしのため通りに飾った人形に蜘蛛の巣がかかっているのを見て、「せっかく作ったのに、こんなことではいかん」と鶴瓶が注意したのを覚えています。彼は同志なのかもしれません(笑)

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