神戸へ

2012年01月19日
 17年前、阪神淡路大震災が起きた17日は太鼓の仕事で神戸へ。少し早めに現地に向かい、追悼式が行われた東遊園地にも行ってきた。ささやかな募金をして竹灯籠に火を灯していると、隣りにいた女性が「昨年から辛いことばかり続くの(本当は関西弁)」と連れの女性に話している。どうやら身内が立て続けに亡くなったそうで、辛くてたまらないという。そういう方もいれば、「今朝から赤ちゃんにばかり会うの。あなたで5人目よ。私はねぇ、大阪から来たの。なかなかこの日に来ることができなかったんだけど、今年やっと実現できたの。そういう心持ちが良かったのか、なぜか赤ちゃんに会うのよ(本当は関西弁)」と、ものすごい前向きで明るい女性もいた。
 実はこの日は陽太郎も一緒。ライブ会場が駅前広場で、演奏時間も30分少々と短かったため、これなら子連れでも大丈夫だろうと連れてきたのだ。東遊園地での陽太郎は場の空気を知ってか知らずか、大人しくしていた。もちろん、前述の大阪から来た女性には笑顔を振りまいていたけれど。
 阪神淡路大震災があった日、私がいつも思い出すのは、自分がいた場所だ。北海道の網走のユースホステルでヘルパー(お手伝い)をしていて、朝ごはんの用意やら布団の片付けやらをしながら毎日過ごしていた。遠く離れた網走は少しも揺れず、朝のニュースを見て地震があったことを知った。愛知にいたら揺れを感じたはずで、たぶんもっとリアリティーが感じられたと思う。

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30階建ての神戸市役所1号館がそびえるように立つ。

 ライブは午後5時46分から。それまでの時間をJR三ノ宮駅前のそごうで過ごす。9階の赤ちゃんルームで授乳し、オムツを替え、オモチャがごちゃっと置いてある広場で陽太郎を遊ばせる。東遊園地からさほど距離はないのに、陽太郎グッズとカメラを入れたリュックを背負い、9キロ近くある陽太郎を抱っこして歩くと、かなり疲れた。 
 演奏開始10分前に行くとお客さんは10数人程度。ちょっと心配になったが、演奏が始まると人だかりができて、ほっとする。いろんな世代の人が足を止め、演奏に耳を傾ける。演奏は素朴で、てらいがない。演奏者の表情も明るくていい。1曲ごとに拍手が沸き、あたたかい気持ちにさせられるライブだった。太鼓取材3回目の陽太郎は途中から爆眠。太鼓効果はすごいです。

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JR三ノ宮駅前で演奏する太鼓衆団輪田鼓(わだつみ)。 


 演奏後、お腹が空いたので中華街へ行き、老舗のパン屋いすずベーカリーでお土産を買う。そして新神戸駅から名古屋へ。陽太郎は風景か、窓ガラスに映る自分の顔を見ているのか分からないが、外を見て喜んでいる。電車大好き坊ちゃんは、新神戸から名古屋まで一睡もせず、初の新幹線を大いに楽しんでおりました。

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撮影に協力してくれる陽太郎。撮影終了後はハハの膝でお座り。
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