テンのパクパクパク

2011年12月16日
 前回に引き続き、ただいま発売中の季刊誌「そう」33号(春夏秋冬叢書)の連動ネタ。

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 「地名探訪」で取り上げた豊橋市の天伯(てんぱく)ですが、さる研究によると、「テンパク=天伯/天白」は三重・愛知・長野・静岡を中心にけっこうあちこちにある地名のようです。どうでもいいけど、テンパクってカタカナで書くと、森政権時代に開催された「インパク」というしょうもないイベントを思い出しますね。
 天伯/天白の由来は、天白神という神だそうです。ただ、これが何の神様なのかはよくわかっていないらしい。民俗学者ではないので、あまり深くは突っ込みません。
 もし、詳しく知りたいという人がおられましたら、中日新聞で昭和52年1月6日から3月19日まで50回にわたって連載された「天白紀行」(文・山田宗睦)を、図書館で縮刷版から探し出してお読みくださいませ。これがまたとんでもなくマニアックな連載企画で、あまりにシブすぎて今だったら決して新聞なんぞに載らないでしょう。いい時代だったんだなあ…。

 さて、天伯原には「天伯」の付く神社が3つありまして、何かネタが拾えないものかと、とりあえず回ってみました。では、創建の新しい順に…

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 天白町字豊受にある天伯山神社。昭和25年に創建された開拓入植者の心のよりどころ、ですね。境内には開拓資料館や記念碑があります。

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 天白町の通称「元天伯」にある天伯神社。天伯原に最初に人が住んだのが明治末期で、その人たちが大正時代に創建したもの。

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 畑ヶ田町にある天伯神社。正和元年(1312)の創建。
 3社を比較して分かったことは、これらを並べてどうする、ってことですね…。

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 ちなみに畑ヶ田(はたけだ)というのは天伯原の北西端に位置する集落。もとは「仏餉(ぶっしょう)」という地名だったのだが、豊橋市に合併した昭和7年に、なぜか現名に改称してます。理由は不明。確かに畑と田んぼしかないけど、それにしてもなぜこのネーミング?一部マニアの間では「トヨハシの地味な7不思議」のひとつとも言われています(ウソ)。
(まさ)
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東三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)
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