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カンバンの手帖ブログ版0189

 本日は取材で半年ぶりに飯田へ。ひさびさに鼎のあたりを歩いてみたら、ひさびさにこのマークに遭遇。

111104-1.jpg

 JAみなみ信州・鼎支店にある農協のマークだ!CIで駆逐されたと思っていたけど、まさかまだ残っているとは…。
 JAのマークは登場した当時からなんか冴えないなあと思っていたけど(帽子にあしらうと特に)、やっぱりこれですよ、これ。「力」のうちひとつがくるっとまるまっているのが、何の意味かわからないけどいいですね。

111104-2.jpg

 オマケ、鼎駅。使われなくなったホームに植えられている木の形がすげえ。
(まさ)

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(2020.03.10追記)
 高浜市農協だより「絆」創刊号(昭和51年7月15日発行)に、農協のマークの由来が書かれていました。面白いので全文紹介します(原文ママ)。

「農協マークの由来」
 稲穂(実はムギ)をテーマにした“農協マーク”が誕生したのは昭和二十三年。農協法の発足と同時に当時の農協の母体(?)が全国の農業者から公募した。ムギの穂をデザイン化して協同の“協”のあらわした農協マークは、いらい三十年近い年月を、われわれ農協関係者をはじめ、一般にも親しまれてきた。
 ところでこのマークが決まるとすぐに、当時の全指連(全国指導農協連)の手で登録手続きが行われたが、その後、中央会への移行の段階でそのままになっていた。そして昭和三十年ごろ購買品の“クミアイマーク愛用運動”にともなって、当時の全購連が正式に商標として登録、現在にいたっている。(したがって現在は全農が組織を代表してマークの管理を引き受けているかっこう)組織のシンボルとしてひろく使われているだけに農協マークほど“いいかげんな表現で使われているものはない”ともいわれる、つまり、図形がマチマチなのだ。円が太く協の字に相当す部分が極端に小さく、また左右に片寄ったり、思い思いに“変造”して使われている。
ちなみに現在、登録されている正式な図形を凸版で示した。いっぽう「シンボルマーク」は時代感覚とともに変化するもの――」ともいわれ、そろそろイメージチェンジしては、との声も聞かれるちかごろである。
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コメント

山野

ホーム上に「ドーン」と、木製の生きたボールがある光景
廃ホームは兎も角、木が見事に球形ですね。(剪定する人の拘りなのかな?)
でも、何の木なんだろうか?

まさ

No title
はて、何の木か、植物に疎いので…。どうでもいいけど僕にとっての「廃ホームの原風景」(なんじゃそりゃ)は広神戸ですね…。
非公開コメント

MARUKA-DO

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東海地方を縦横無尽、
全国各地に神出鬼没の
取材・執筆・編集事務所。
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まさ…岐阜・揖斐川町出身
まり…愛知・尾張地方出身
2003~2019愛知県知立市在住
2019~岐阜県揖斐川町在住

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