カンバンの手帖ブログ版0185

2011年08月28日
 夏の在庫一掃大豊田市小ネタシリーズ(もうなんでもええわ)、足助に続いて稲武の巻ぃ~。
 稲武で思い出すのが、手塚治虫の短編「 時計仕掛けのりんご」。山奥に開かれた新興IT産業都市で自衛隊のクーデターが起きた、という話ですが、この舞台となった架空の都市名が「稲武市」(読みは「いなたけし」)。天竜川流域にある町とリード文に書かれていたものの、矢作川を天竜川に置き換えただけで、たぶん稲武がモデルだと思われます。
 手塚治虫が稲武へ来たことがあるとは考えづらいけど、大きな町から遠く離れた山深い地にあり、地図で見てもどこか独立地帯のような趣があって、漫画の舞台にはうってつけと考えたのではないか。天竜川沿いの平岡や田本あたりでもいいけど、三河人としては稲武説を採りたい。

110828-4.jpg
(市街地の北東あたり。2007.12.08撮影)

 そんなことはどうでもよくて、稲武というと豊田市に合併するちょっと前に、北設楽郡から東加茂郡へ「郡替え」をしました。東三河の裏切り者め!というつもりはまったくなくて別にどっちでもいいんだけど、東加茂郡時代は03~05年のわずか2年で、いったいなんの意味があったのかよくわからん。別に郡替えしなくても、豊田市への編入は難しくなかったろうに…。この意図を知っている地元の人や行政関係者がいたら教えてください。
 別にどっちでもいいというのは、稲武というのはもともと「加茂郡」に属していたのが、江戸時代初期に「設楽郡」に編入されたという歴史があり、ここと設楽町名倉地区は地理的・文化的に西三河系と言ってもいいから。稲武と田口を結ぶバスは名鉄バスだったし、確かナンバープレートも昔から「豊橋」ではなく「三河」じゃなかったっけ?(違ったらスイマセン)
 中心部は稲橋+武節=「稲武」。飯田街道と名倉道・岩村道の合流点にあり、宿場町の風情が実によいです。

110828-1.jpg
(市街地の西入口あたり。2007.12.08撮影)

 で、小ネタですが、国道153号を走っていると、奥矢作第一発電所や関谷醸造「吟醸工房」あたりの道端に、こんな案内板があります。

110828-2.jpg

 稲武資料館への誘導案内板です。昔から気になっていたんだけど、なぜ高速道路の標識と同じカラーリングなのか?まさか払い下げ品?
 いや、もう、どうでもいいんですけどね…。

110828-3.jpg (2005.09.08撮影)

 これが資料館の建物。ここに移転する前は、旧小田木小学校の校舎を資料館にしてました(小田木の火の見櫓がある場所→●□)。校舎時代に一回行ったのだが、使われなくなった人形浄瑠璃の首がズラーっと展示してあって、なかなか気持ち悪かったのを覚えています。
(まさ)
スポンサーサイト
西三河雑 | Comments(2) | Trackback(0)
Comment
飯田街道と153
飯田街道と153号線は微妙に絡み合ってますね。
豊田市まではバイパスで別の道になっちゃってますが。
最近バイパスが出来て通過には便利になった足助や
山側を通した稲武は旧街道部分が取り残されて、
すっかりあんな状態になってしまって。

かつては月に2~3度は通ってた153号ですが(星見)
当時は通過道路としてだけだったんであまり興味も無かったんです。
最近は旧飯田街道を好んで通るようにしてます。
時間が出来たら全線走破してみたいものです。
当分無理だけど、、。
No title
R153といえば、長野県側の平谷や浪合の旧道もいいっすね~。鄙びすぎてて稲武が大きな町に見えるという。

管理者のみに表示