津具の夏

2011年08月09日
 話は奥三河に戻りますが、先週の名倉取材のあとは津具にも行きました。4年以上やってるこのブログでは、どうしたことか一度も津具について書いたことがない(そういえば近場だと旧一色町についても書いたことないぞ)。
 151も257も通じていないし、取材対象にもあまり引っ掛からないので、ここ10年で足を踏み入れたのは2年に一度くらい。

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 旧津具村は、名倉と同じく高原の盆地。大雑把にいうと上津具と下津具に分かれています。見た目の印象は、もう、ひたすらのどか。初めて足を踏み入れたのはちょうど20年まですが、それから基本的に変化がないように見えます。細かいこというと、役場と津具郵便局が移転したとか、見出の県道が改修されたとか、火の見櫓がなくなったとか…いやはや細かくてどうでもいい。
 津具では深い取材をしたことがないということもありますが、あまりにのどかすぎて、ここへ来るたびになんかしらんが思考停止に陥ってしまう。20年前からそんな感じの村。

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 というような終わり方ではアレなんで、今回仕入れたネタをひとつ。津具では盆踊りが村の目玉のひとつになっており、その由来を地元の人に聞いた。なんでもその昔、7人の侍ならぬ7人の盲人が、下津具の某所で道を誤って死んでしまい、その慰霊として盆踊りが始められたんだそうな。これがその7人の盲人の墓とのこと。地元以外の人はまず来ないような村はずれの淋しい林の中にあり、案内板等が建っていないので、教えてもらわないとわからない。
 現在は旧役場の広場で開催されてますが(8/14~16)、以前は下津具地内で行われ、そこの字は今も「踊場」というそうです。

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 あとオマケ。地元の人によると、この写真奥の道路右に見える消防団車庫に、10何年前まで火の見櫓があったとのこと。下津具地区の東端に位置し、字は溜淵。このほか下津具には、旧下津具小学校の南にHINOMIがありました。いずれも証拠写真を入手したので、そのうち日の目を見るときが来るでしょう…来るか?
(まさ)
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