南区NO NO NO

2010年12月19日
 発売中の春夏秋冬叢書の季刊誌「そう」29号連動ネタ。またまた「野地名」がらみの話。

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 野の付く地名が三遠南信に(というか全国的に)あまりに多すぎるので、今回は東三河にしぼって書きましたが、いちおう遠州も2月ごろいくつか回ってみました。
 とりあえず訪れたのは浜松市南区。芳川(ほうがわ)の下流に3つ、野地名が集まっています。もともと荒れた野が広がっていたんでしょう。

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 ひとつめ、参野町(さんじのちょう)。「あの町この町」(加藤鎮毅・ひくまの出版・S56)によると、3つの海神を祀ったので、三神野→参野となったとか。写真は町内で唯一の絵になるポイント、津毛利神社。

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 ふたつめ、立野町(たてのちょう)。同じく「あの町この町」によると「野を開墾して立派な田畑としたことから立野という地名が付けられたのである」。意味がよくわかんないけど、そうらしいのである。特に撮りたくなるような風景もなく、国道150号の立野バス停付近を漫然と撮るしかない。

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 みっつめ、鼠野町(ねずみのちょう)。またまた「あの町この町」によると、荒地だったころネズミがわんさか出た説、巨木の根本に住み着いた「根住」説、と二つあるそうな。写真は、いかにも遠州的な農村集落景観。どこらへんが遠州っぽいかというと、槙の生垣と集落内の道幅の広さです(三河は集落内の道がもう少し狭い。知多はさらに狭い)。

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 いずれも浜松だかなんだかよくわからないので、鼠野町から見たアクトタワーの写真など。ここ、ネズミかモグラが大量発生しそうだ。
 かように絵にもならんしネタもないしで、早々に浜松の野地名には見切りをつけた次第です。
 今年は僕の中でテンションが下がる出来事が浜松であり、僕と遠州の20年の蜜月がついに終わったような感じでした。岸田繁は「ワンダーフォーゲル」でこう唄った。ハローもグッバイもサンキューも言わなくなって、こんなにもすれ違ってそれぞれに歩いてゆく、と…。
(まさ)

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