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虫供養の入仏式

 今日、新城市立図書館で東日新聞を読んでいたら、数日前の一面に大村県知事候補&河村名古屋市長の記事が2Lサイズぐらいのツーショットとともにドカーンと掲載されており、あまりにあからさまなんで驚いた。東日は一般の新聞より一回り小さいタブロイド版なので、一面ドカーンということは一面ほぼ全部がその記事ということです。「東三河マニフェスト」に対してレスポンス早ぇ!なんか笑えるぞ豊橋。

 ということはどうでもよくて、昨日の午後、大野谷虫供養の入仏式が常滑市西之口で行われると聞いたので、行ってきました。

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 大野谷(知多市南部~常滑市北部の通称)で毎年冬に行われている虫供養の行事は、田畑で殺した虫を供養し、五穀豊穣を祈るもの。13地区が持ち回りで「道場」と呼ぶ小屋を1ヶ月間設け、その中に各種掛け軸を並べ、毎日村人が集まって念仏を唱えます。
 昨年度の道場は知多市大興寺(→●□●□)、今年は西之口が当番。次に番が回ってくるのは13年後になります。昨日行われた入仏式は、言ってみれば「道場開き」。開設期間はこの日より1/15まで。場所は西用寺(直伝弘法66番札所)の横。

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 期間が一ヶ月と長いうえ、なんというかなかなか「まったり系」なので、山車祭りみたいに見物客がわんさか詰めかけるというものではないのですが、今年は地元もけっこう鼻息が荒い。というのも大野谷虫供養の起源伝説が、今度のNHK大河ドラマ「お江」と深く関わっているから。
 戦国時代に大野城が落城したとき、城主佐治与九郎の妻であるお江が、佐治家の守り本尊である阿弥陀如来の掛け軸を持って城を脱出、その途中「つぼけ」(刈り取った藁を積み上げたもの)に掛け軸を隠し、それを大興寺地区の土井という人が発見して祀ったのが、虫供養の始まり…というのが当地に残る伝説。
 なので虫を供養するといいながら、大野谷の場合は没落した佐治氏の供養も兼ねています。歴史マニアもこれは仏ん、いや、ほっとけんでしょう。

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 入仏式では、集まった村の衆が30分ほどかけて念仏を唱える。般若心経、和賛、軸に描かれたそれぞれの仏に対する経文など、さまざまな念仏が混じっています。この行事に寺院関係者はまったく関わらず、唱えるのはすべて地元の人。本職のお経も気持ちよくて好きだけど、プロのいない地元の人たちだけというのが、これがまたいいんです。まったり系で。
 ウチの村(揖斐川町瑞岩寺区)では、通夜の前に村人が「おとりもち」の役割分担をしたあと、僧侶抜きで村人だけでお経を唱えるという習慣がありまして、それを思い出した。2年前、爺さんが死んだときに聞いたのう…。
 ところで念仏の節回しでは、ひとつ気が付いたことが。各念仏の最後には

願以此功徳 (がんにしくどく)
平等施一切 (びょうどうせいっさい)
同発菩提心 (どうほつぼだいしん)
往生安楽国 (おうじょうあんらくこく)

というのを唱えます。僕が耳馴染んでいる浄土真宗のお経では、フェードアウトしてゆくように全部をゆっくり唱えるのだが、虫供養では「願以此功徳 平等施一切」まではゆっくり、しかし最後の「同発菩提心 往生安楽国」は一転、ムニャムニャゴニョゴニョと早口・小声になり、なんか有耶無耶な感じで終わってゆく。なぜ?っていわれても、地元の人も困るか。

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 あと、アクセント?的にチ~ンとかポォ~ンとか鳴らすやつが、虫供養の場合はコレ。一般的には「双盤」と呼ばれる仏教道具で、キンキンと音が甲高く、特に3つ揃って連打すると鼓膜がビキビキ。最後は擬音語連発で締めてみました。
 僕はこの行事こそ、知多の真髄だと思います。

 蛇足ですが、「双盤」は浜松市天竜区あたりの火の見櫓の鐘としてよく使われております(→●□)。
(まさ)
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MARUKA-DO

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東海地方を縦横無尽、
全国各地に神出鬼没の
取材・執筆・編集事務所。
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まさ…岐阜・揖斐川町出身
まり…愛知・尾張地方出身
2003~2019愛知県知立市在住
2019~岐阜県揖斐川町在住

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