さらば旧古戸小学校校舎

2010年12月01日
 旧富山村への途上、久しぶりに東栄町古戸(ふっと=花祭りで有名な集落)に立ち寄ってみたら、平成19年3月に統合で廃校になった旧古戸小学校の校舎が取り壊されてて愕然。

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 旧校舎を取り壊して、多目的集会所が建設中でした。

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(2003.08.22撮影)

 こうして見ると外観はきれいで、まだ使えそうなもんだがなあ…。部外者が安易に口を出すのは憚られますが、実に惜しい。
 集会所建設にあわせて県道80号・東栄設楽線も改修され、上の写真のように旧運動場を横切ってゆくかたちになります。このため(かどうかわからないけど)、下の「きらや酒店」も消えていた。

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(2003.08.22撮影)

 うーん。奥に見えている貴重な「蜂龍盃」(本郷の森山酒造場→●□)の行灯カンバンはいずこへ?
(まさ)
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東三河雑 | Comments(2) | Trackback(0)
Comment
耐震基準
私も今年5月に行って さら地になってて驚きました。
1月2日~3日にやる花祭りの会場に向かう途中あの小学校の角で左に曲がるんでした。
グランド側から見たことが無かったんですが、いい校舎だったんですねー。
まさに部外者は、残して地区で利用すれば、、と思うんですが、「耐震基準」
というヤツが問題になるようです。
近くの中設楽小学校も無くなりましたね。
かと思えば設楽町の田峯小学校は
全校生徒14名でも今年耐震工事をして存続していますし。
その地区にとってかけがえの無い建造物であっても、さて、
耐震工事してまで残すとなるとそれは難しい判断でしょうね。
ノスタルジーと現実のせめぎあいってとこでしょうか。
古戸小学校跡地の隅っこに金次郎さんが寝転がっていました。
もちろんしっかりとした基礎の上に立てておかないと危険なのは分かるんですが、
それを見た時はなにか「廃校」を象徴しているようで複雑な思いでした。
きっと新集会所の横にでも置かれるんだとは思いますが。(私の個人的な希望ですが)
No title
ちなみに集会所の施工業者は古戸の工務店さん。道路建設も地元の業者のはず(朝日土木興業あたりかな)。
行政が地元向けに仕事を作ったということでしょう。
地元に建設業関係の知人がいますが、田舎はいずこも厳しいようで…。

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