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カンバンの手帖ブログ版0002

 野田新町駅の近く、刈谷市野田の旧道沿いで発見した質屋のカンバンです。ブリキ製。
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 設置年代は昭和40年代の後半。なぜか家の形をした枠の中に、店の所在地をプロットした地図が描かれています。下はその部分のクローズアップ。
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 名鉄三河線と並行に描かれている道路は県道知立東浦線で、「バス通り」と書かれています。一般的に「広小路通り」と呼ぶかと思っていたが、こういう呼び方もあったのね。このバスは刈谷駅前と緒川駅前を結ぶ知多バスのことでしょう(昔は知立駅発だったと思うが)。現在は緒川行きだけでなく知立発刈谷経由セントレア行きの大型バスも通り、立派にバス通り。
 その下は「銀座アーケード街」。この通りは昔の刈谷のメインストリートだが、アーケードは何年か前に完全撤去、一部は区画整理事業のために更地になっており、今や往時の繁栄は見る影もありません。昨年、樹林舎の「西三河今昔写真集」の取材で、市が保管している昭和40年代の銀座通りの写真を見せてもらいましたが、まさに「銀座」の名前どおりの賑わいぶりで、今との違いに唖然としました。銀座通りが人で埋まるのは、今や万燈祭のときだけだもんな~。
 銀座アーケード街の右端には「表屋ビル(ユニー)」の名があります。碧海地域では(たぶん)初の大規模小売店舗として昭和39年に「西川屋」としてオープンし、昭和46年ににユニーと名を変えます。この後身は、刈谷駅の南東にあるアピタ。
 左端に見える「ギンザセンター」は、旧市役所跡地に昭和35年に建設された当時市内最高層の集合ビルのこと。西川屋と並ぶ当時の刈谷のランドマークだったんでしょう。1階は小売店街の「銀座センター」、2階以上はアパート。かなり老朽化していて店はほとんどないけど、現存しています。

 カンバンはただのマニアックアイテムと思われてるけど、こんな地図からも刈谷市街の全盛期が窺えて、資料としてとても貴重なのです。
(まさ)
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コメント

すぎうら あきのり

アーケードを取ってしまうなんて事もあるんですね・・・

確かに完全シャッターになった町にはアーケードもむなしいだけです・・・

私の方の浜松のブログシステム随時直せてますよ~

yanz

はじめまして.こんにちは.yanzと申します.
近所に住んでいるのですが,こんな看板があったとは,知りませんでした.旧道沿いですね.今度徘徊してみます(笑)
元々刈谷で育った者には,懐かしい話ばかりですね.銀座アーケード街に,西川屋・表屋.ただし,ギンザセンターというのはあまり記憶にないですね.
なお,そのつもりで書かれていないのかもしれませんが,表屋ユニーが今の刈谷駅のアピタに変わったのではなく,ある時期,両方とも存在していたと記憶しています(違ったら申し訳ないですが・・・).現在,その表屋さんは昭和町交差点のところにあるモダンな建物でやられています.
それから銀座と言えば,なんといっても”中央無線”です.ここは,当時のオーディオブームもあり,この地方では有名なオーディオ屋でした.用もないのに遊びに行ったりして,子供ながらにワクワクしたものです.では.またお邪魔します.

Naito Masayasu

 コメントありがとうございます。
 ユニー→アピタの件ははおっしゃるとおりで、同系統の店ということで、詳細は長くなるので略しました。
 なおわたくし、岐阜から現住所の知立に引っ越してきてまだ三年間しかたっておらず、銀座商店街の全盛期はまったく知りません。アーケードも、たった一度だけしか通ってません。エセ三河人です。
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MARUKA-DO

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東海地方を縦横無尽、
全国各地に神出鬼没の
取材・執筆・編集事務所。
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まさ…岐阜・揖斐川町出身
まり…愛知・尾張地方出身
2003~2019愛知県知立市在住
2019~岐阜県揖斐川町在住

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