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  •  輪之内町海松新田にある乙姫公園&稲荷神社は、西濃の3大珍スポットのひとつと認定して誰も異存はないと思いますが(あとの二つは関ケ原ウォーランドと養老天命反転地)、稲荷神社の鳥居の傍らには手書きでびっしり書かれた由緒書きがあり、これに乙姫&太郎像&稲荷神社の由来が記されていました。 書いたのは像のプロデューサーであり神社の造営者でもある牧野絮水(柳平)という人。「かんこう輪之内」によると、乙姫公園の向か... 続きを読む
  •  その乙姫公園に隣接して、稲荷神社という小さな社があります。 隣接というか乙姫公園と一体化しています。浦島太郎像の横から鳥居がズラッと並んでおり、社叢こそ小さいものの異界へつながっていそうな雰囲気。というか乙姫公園がすでに異界めいているので、異界と異界を繋ぐダンジョン内のトンネル? で、鳥居をくぐって奥へ進んでみると、本当に異界だった。 木々の中を白馬が駆け回り、 常夜燈には巨大な龍が絡みつき、 ... 続きを読む
  •  今尾の町を散策したあと輪之内町経由で帰路についたところ、輪之内町南端の海松新田という農村集落の溜め池から突如、巨大プリンセスが現れて驚いた。 怖い、怖すぎる! 何かと思えば地元の偉人が建造した竜宮伝説のセメント人形とのことで、「乙姫公園」と名付けられているようです。西濃住民ながら不覚にも全然知らなかったのですが珍スポットとして一部マニアにはけっこう有名なようで、岐阜県観光連盟の「ぎふの旅ガイド」... 続きを読む
  •  先日、珍しく海津市で仕事があったついでに、平田地区の中心市街地・今尾商店街をチェック。お千代保稲荷の南西約2km、揖斐川のほとりの町です。 商店街の入口ではいかにも平成前期っぽいステンレス製のアーチがお出迎え。シンプルでモニュメントぽく、昭和製のアーチに比べると味わいに欠けるのは否めません。 タウンアーチには珍しく、建造年を記した銘板が取り付けられていました。建造は平成6年度。なるほど、微妙にバブル... 続きを読む
  •  1年半ほど前の春夏秋冬叢書「そう」58号で、重量制限標識のある東三河の橋を巡るというマニアック極まりない特集をしたことがありましたが(→●□/●□/●□/●□/●□)、今さらながらチェック漏れの橋を発見したので、お知らせいたします(誰が興味あるんだ…)。 その橋があるのは豊橋市下五井町。大雑把にいうと津田小学校の北西で、旧東海道の鹿菅橋北交差点と県道豊橋環状線の川崎町交差点を結ぶ、地元の人しか通らないような市... 続きを読む
  •  和田城のように公民館機能を持たせたレジャー系施設といえば、新城市北部(旧鳳来町)にある「名号(みょうごう)温泉 うめの湯」もそう。三遠南信道鳳来峡インターの近く、宇連川のほとりにある日帰り温泉施設です。施設名称はこの地が梅の産地だから。あと名号といえば、うめの湯のそばにある石雲寺の節分草も知られています(→●□)。 もとは旧名号小学校のあった場所(昭和48年閉校)で、オープンは平成13年(2001)。むかし... 続きを読む
  •  春夏秋冬叢書「そう」64号連動ネタ。 で、青崩峠を下りて、本日最大の目的地である梁ノ木島番所跡へ。八重河内の中心地区の対岸の西村というところにあります。 梁ノ木島番所はもともと、もっと上流の青崩峠の真下あたりにあったのですが、天明7年(1787)の山崩れにより数キロ下流のこの場所に移されたとのこと。なお、梁ノ木島は元の所在地の地名で、文化財を管理する飯田市教委では「はりのきじま」と読ませていますが、地... 続きを読む
  •  間に常滑と千葉の話が挟まりましたが、再び春夏秋冬叢書「そう」64号連動ネタ。 特集の「落人伝説」では、浜松市北区(旧引佐郡)のほか伊那谷最南部の遠山郷の記事の原稿も担当しました。伊那谷への出入り口にあたる秋葉街道青崩峠の直下に、落人を監視する目的で江戸時代初期に設置された「梁ノ木島番所」がメインテーマです。記事を作るにあたって、「落人が逃げ込んでくる遠山郷はこんなにも山深いところだ!」というイメー... 続きを読む
  •  千葉に移住した義両親宅を訪ねた際は、これまで書いたようにマニアックなところばかりを巡っているわけではなく、たまにはメジャーなところにも行っています。この夏は東京湾岸部にある千葉の二大名所、幕張のZOZOマリンスタジアムと浦安のTDLに行ってみました。 滞在先の北総・印西市から車で40分ほど走って、やって来ましたZOZOマリン。本日は夏休みど真ん中のロッテ対楽天戦で、場内はそこそこの賑わいを見せております(最... 続きを読む
  •  河内町から西へどんどん進むと、利根町という町に入ります。河内町と同じく利根川河畔の農業地帯ですが、中心部の布川は利根川水運の湊町であり、JR成田線布佐駅や常磐線沿線の取手にも近いためか大団地があったりして、いささか趣を異にしています。詳しくは二年半前の記事→●□をご覧ください(あまり詳しくないけど)。 その利根町布川では、以前来た時には行けなかった二つの見どころに立ち寄りました ひとつは柳田國男記... 続きを読む
  •  成田市・旧下総町の滑河山龍正院の後は、利根川を渡って茨城県に入り、河内町へ行ってみました。例によって東海地方の人にはまったく馴染みのない地域と思いますので、地図を貼っておきます。 この町へ足を踏み入れるのは初めて。どんな町なのか予備知識は一切ありませんが、地図だけ見て想像するに、利根川流域にあれど川湊として栄えたような集落もなさそうだし、利根川水運とはほとんど関係のない純農村といったところでしょ... 続きを読む
  •  もうひとつ、北総滞在中の暇つぶしシリーズで成田市内の寺を。 成田市の北端、利根川のほとりに旧下総町滑河という町があります(JR成田駅から成田線の佐原・銚子方面行きに乗って二つめ)。この町にある天台宗寺院「滑河観音龍正院」に寄ってみたら、仁王門がなかなか凄かった。 なんと茅葺なのである。室町時代に建てられたもので、国の重要文化財に指定されています。手入れもよくなされているのか、大変美しい。こういうき... 続きを読む
  •  首都圏の寺に行くと、東海地方ではあまりお目にかからないアイテムがけっこうあってなかなか楽しいものです。千葉県宗吾霊堂の石モノからその一例を。 まずは境内地を囲う石塀。こまかなデコボコの石の「台」の上に、御影石らしき石で作った柱と桁の「枠」を置き、その中に別の種類の黒い石で作った「石板」を嵌め込んでいます。さながら石の見本市の様相。勉強不足ゆえそれぞれの石の産地はわかりませんが…。 中央の柱に「松... 続きを読む
  •  知多半島の寺で見られる陶製や石製の「天水桶」は、ぜんぜん桶じゃないじゃん!ということを前回書きましたが、実は首都圏の寺では桶が多かったりします。(2015.07.09) たとえばこれ。今や世界レベルで有名な浅草観音浅草寺に寄進された鋳物の天水桶とか。これぞまさしく天水「桶」。製作は鋳物産地として有名な東京近郊の埼玉県川口市の鋳物師。天水桶にも地域特性が現れるのです。 首都圏の寺をそんなに回ったわけではない... 続きを読む
  •  井戸筒は名前からして「井戸専用土管」という感じがしますが、用途は別に井戸に限らないようです。例えば、神社仏閣の軒下に置かれる「天水桶」も、井戸筒の範疇に含まれます。 こういうヤツですね。防火用に雨水を溜めておくための設備です。写真は、向山共同井戸から西へ100mほどのところにある常滑きっての古刹、正住院の山門。 ただし、山門左側の天水桶は井戸筒そのものですが、右側の天水桶はこのように「用水」の文字が... 続きを読む
  •  まだ引っ張る井戸ばなし。知多半島における共同井戸の事例や遺構をいくつか。(2013.10.04) 南知多町の内海西端地区にある共同井戸。いかにもまだ使われていそうな雰囲気ですが、実態は調べていません。こちらもいつか記事にできないもんかと考えていましたが、山方の向山井戸をやっちゃったので当分機会はないでしょう…。(2013.11.19) 半島先端の師崎では、このように町中の辻に井戸が点在しています。セコ道(→●□)が複雑... 続きを読む
  •  知多半島南部限定のローカル媒体10月号で企画した常滑の井戸筒特集では、現役の向山井戸のほかにもいくつかの井戸を見てきました。巡るほどにどんどんマニアックになっていき、誌面に取り上げる余地がなくなってしまったので、こちらにアップします。 そのひとつ、陶の森で教えてもらった市場町6丁目の井戸。近所の数軒による共同井戸だったらしい。市場町も向山井戸組合のエリアの一部ですが、北井戸からこのあたりまでは150m... 続きを読む
  •  その向山井戸ですが、現世話人の方が議事録や出納帳など創設以来の記録を保管されており、見せていただくことができました。議事録を読み込んだところ、おおよそ以下のような歴史が判明しました。なお、向山は山方界隈の丘陵地の通称名と思われます。昭和2年6月26日発起人協議会を向山・鯉江嘉之助宅で開催。三字(山方・市場・保示)の各町内の代表13名が出席。昭和2年6月28日協議会に先立つ6月25日に決定していた開削場所で、... 続きを読む
  •  いま、とこなめ陶の森資料館で企画展「常滑の井戸筒(いどつ)展」が開催されていますが(開催期間は10/14まで)、それとコラボというか便乗させてもらって、自分が企画制作している知多半島南部限定のローカル媒体の10月号で常滑の井戸筒特集をしてみました。 井戸筒とは井戸を保護するための設備で、木製や石製もありますが、やきもの産地の常滑ではもっぱら陶製です。簡単に言うと口径の大きい土管。19世紀初頭から生産が始... 続きを読む
  •  春夏秋冬叢書「そう」64号連動ネタ。 この「カンバンの手帖」は、「そう」の巻末に設けられている本誌参加メンバーの雑記コーナー「街頭録音」で、僕がやっている自主企画のカンバンネタ連載のタイトルです。そうの方が開始が早く、いわば本家。こちらは後発なので「ブログ版」と付けています。で、今回のカンバンは本家の方との連動。 落目の撮影や森林鉄道の廃線跡を見物したのち、情報収集のために設楽町役場&設楽町民図書... 続きを読む
  •  春夏秋冬叢書「そう」64号連動ネタ、というか2号さかのぼって「そう」62号連動ネタ。 森林鉄道の廃線跡と言えば、先月上旬にとある取材で浜松市天竜区の旧春野町に行った際、気田森林鉄道の廃線跡も見物してきました。気田森林鉄道については、今年3月発刊の「そう」62号ので門桁を取り上げた際にも触れましたが(→●□)、旧春野町気田の営林署と旧水窪町野門桁の国有林を結んでいた路線です。(クリックで拡大します) 9月にチ... 続きを読む
  •  間にバスネタが挟まりましたが、春夏秋冬叢書「そう」64号連動ネタで、落目、栗島の続き。 栗島在住の「落目最後の耕作者」だったお爺さんを教えてくれたのは、そう56号の無知押の取材(→●□/●□)でもお世話になった、三都橋地区の折立(国道420号沿いの集落)在住の方でした。いろいろ話を伺っていると田峯森林鉄道の話になったので、ついでに折立の廃線跡を見物してきました。 田峯森林鉄道は、田口線田峰駅付近から寒狭川・... 続きを読む
  •  笹合橋、門原から気田川沿いをさらに下流に進みまして、天竜区小川地区の中心にある中島停留所に行くと、ここにも国鉄バス時代の待合室と思われる建物が残っていました。 しかも立派な屋根瓦の建物で、地蔵堂や観音堂と見まごうばかり。ただ、今は地域のゴミ集積所として使われていますが…。 旧待合所の脇には階段があり、その上には広場らしき空間が見えます。たぶん小学校の跡で、階段はバス通学の子供のためのアクセス路だ... 続きを読む
  •  揖斐川町のように、一般路線バス→自治体営バス→予約制乗合方式に変遷したバスといえば、浜松市天竜区の「ふれあいバス」があります(続けて書くネタとしてはあまりに離れすぎてて、誰もピンと来ないと思いますが…)。9月上旬、とある取材で天竜区方面に行った際、たまたま旧天竜市竜川地区で運行されている「天竜ふれあいバス門原線」の沿線を通りました。 この路線はもともと国鉄バス天竜本線の支線・東天竜線で、遠江横山から... 続きを読む
  •  昨日9月30日限りで、揖斐川町コミュニティバスの運行を委託されていた名阪近鉄バスが撤退しました。コミュニティバスの大幅な整理再編と揖斐タクシーへの移管に伴うもので、今後はマイクロバスとジャンボタクシーでの運行になるため、揖斐川町内における大型バスによる路線バスの歴史に終止符が打たれたことになります。(新丁バス停を通過する春日線美束行き) 子供の頃から馴染んできたバスが消えてしまうのは寂しい限りです... 続きを読む

MARUKA-DO

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東海地方を縦横無尽、
全国各地に神出鬼没の
取材・執筆・編集事務所。
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まさ…岐阜・揖斐川町出身
まり…愛知・尾張地方出身
2003~2019愛知県知立市在住
2019~岐阜県揖斐川町在住

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