•  四日市の茶畑を出したので、ついでに実家から車で10分ほどの場所にある茶畑も。 揖斐川町(旧春日村)上ヶ流(かみがれ)の茶畑です。最近は「天空の茶畑」「日本のマチュピチュ」などと呼ばれて人気スポットになっているようです。 旧春日村時代にアピールしていた記憶はなく、急浮上したのはここ何年かのこと。マチュピチュとはさすがにちょっと言い過ぎな感もありますが、確かに見事な景観だと人気になる以前から思っていま... 続きを読む
  •  そんな水沢で発見したカンバンをいくつか。 右に見える二枚の「トミナガ」の琺瑯看板。所在地表記が「スワ新道」「スワ国道」とカタカナになっている点がポイントが高い。地名がカタカナ変換されているとぐっと昭和臭くなってイイ、と思うのは私だけでしょうか。諏訪新道は四日市中心市街地の一角に位置する商店街。 三重県北部や海津あたりでよく見かける「宝石・結納品 羽田」の畳サイズのカンバン。お茶作り関係用具をしま... 続きを読む
  •  先の四日市駅途中下車の翌日にも四日市で取材があり、終わってから鈴鹿山麓の水沢(すいざわ)地区に行ってみました。水沢は伊勢茶の最大産地のひとつ。二年前の夏にとある取材で来たことがあるのですが、一度シーズンに来てみたかったので。 などと言いつつ訪れたのはGW前で、収穫にはまだかなり早いのですが。美しい山容を背景に広がる広大な茶畑の清々しい緑は、実に結構なものです。 しかし水沢の景観的ハイライトは、実は... 続きを読む
  •  四日市のあと、亀山を経て松阪へ。四日市駅同様、松阪駅も国鉄チックな駅舎が健在です。ここはキヨスクと駅弁屋もまだ生き残っており、四日市以上に国鉄臭が強くていいですね。  駅前に建っているモニュメントは「駅鈴」。松阪出身の国学者で鈴マニアの本居宣長が浜田藩主の松平康定から贈られたものを模しており、松阪のシンボルとなっています。 松阪人にとってどれほど鈴がシンボリックな存在かというと、中心商店街名称か... 続きを読む
  •  その閑散としたJR四日市駅前には、いったい誰が見るのか、市街地地図があります。 パッと見た感じけっこう古いもののようです。いまどきこういうタイプの駅前地図も珍しいですが、人通りの極端に少ない駅前広場なので、撤去を免れて残っちゃったのでしょうか。 近付いてじっくり見ると、昭和40、50年代風情の明朝体が使用されていました。  なんだか中国っぽい書体だな…と思ったら、枠の下のほうに中国語が書いてあります... 続きを読む
  •  GW前、久し振りに三重県方面で取材がありまして、JRで西進する途上、時間調整も兼ねて四日市駅で途中下車してみました。四日市市街には2~3年に一度くらい来ていますが、JR四日市駅は23年ぶりになります。 23年前の記憶そのまんま、国鉄臭がプンプン漂う駅舎が健在でなにより。この愛想のかけらもない駅舎といい、閑散とした駅前の雰囲気といい、旧社会主義国の地方駅のような雰囲気が漂っています(行ったことないけど)。 平... 続きを読む
  •  では、肝心の桶狭間の戦いの舞台の眺望はどうか?ってんで、緑区と豊明の境にある「おけはざま山」にも行ってみました。 これが「おけはざま山」である。義元はこのへんで休んでいる時、信長に急襲されたとか。麓には市が整備した「桶狭間古戦場公園」があり、意外にもこの日は自分以外にも観光客が二組ほどいました。 その頂上からの眺めである。This is ザ・緑区、といった感じで実に味わい深い。この味わいがわかるようにな... 続きを読む
  •  わざわざ登った鷲津砦からは眺望がまったく楽しめなかったので、他の桶狭間の戦い関連史跡からの眺望はどんなものかと思い、ついでに回ってみました。 鷲津砦から南東へ700mほどのところにある丸根砦。ここも鷲津砦と同じく、今川方の鳴海城-大高城のラインを分断するため信長が築いたもの。住宅地の中にポッコリと丸い小山がそびえており、素人目には鷲津砦よりもわかりやすい。入口に「!」マークの標識があるのもそそります... 続きを読む
  •  信長取材がらみで、清洲城のほかに大高駅のすぐ東にある鷲津砦跡にも久々に行ってみました。今川方だった鳴海城-大高城のラインを分断するため信長が丸根砦とともに築いたもので、桶狭間の合戦の前哨戦が行われたとかいう話です。 木立の生い茂る小山の中に史跡碑や大正4年建立の「表忠碑」がひっそり立つのみ。眺めも悪く、というか木ばかりで何も見えず、戦国マニアでもない人には面白さがわからないようなところです。わた... 続きを読む
  •  少し前、とある取材で何年かぶりに清洲城の界隈をウロチョロしてみました。 城の最上階から眺める濃尾平野。新幹線の見物スポットとしては最上級ではないでしょうか。 清洲城の遺構はほとんど残っていないということですが、そもそも清洲城は、いま天主閣が建つ場所ではなく五条川の右岸にあったといい、東海道本線と新幹線で分断されています。今回初めて気が付いたのですが、城跡に整備された公園は線路を挟んで南北で名称が... 続きを読む
  •  大鷲院のあと旧東加茂郡の山の中をフラフラしていたら、旧旭町の押井でも摩崖仏に遭遇しました。 県道490号沿いに樹齢三百年超という欅の巨木がそびえており、その根元の石に彫られています。 二体あり、手前は地蔵、奥は俱利伽羅明王。文久3年(1863)の造立で、大鷲院と比べるとなかなかの大モノ。 案内板によると愛知県に摩崖仏は大鷲院と押井の二か所にしかないとのことで、数時間のうちにたまたま二つとも拝むことがで... 続きを読む
  •  その大鷲院は旧足助町も推していた観光名所だったようで、旧町時代の名残のカンバンがいくつも残っておりました。 文化財保護委員会による案内板である。 観光協会による案内板である。書体が微妙に異なっていますが、細い字が昭和らしくていいですね。あと、カンバンじたいの材質(アクリル?)と色も昭和らしい。 このような啓発カンバンを出すほど、昔は観光客が多かったということでしょうか。 中学生が美術の授業でポス... 続きを読む

MARUKA-DO

----------------------
東海地方を縦横無尽、
全国各地に神出鬼没の
取材・執筆・編集事務所。
----------------------
活動拠点…西三河・知立市
まさ…岐阜・揖斐川町出身
まり…愛知・尾張地方出身

カレンダー

04 | 2017/05 | 06
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -

月別アーカイブ

全記事表示リンク