彫られてKO-BO

2017年04月30日
 先日久し振りに足助方面へ取材に行きまして、その途上、国道153号沿いの新盛にある大鷲院に立ち寄ってみました。

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 国道153号からもよく見える立派な山門を備えた古刹です。国道はよく通るのにいつもスルーしてしまい、来るのは12年ぶりくらい。
 背後の山にはそのむかし、奈良の大峰山を写した“プチ修験道場”が設けられ、今はそこに遊歩道が整備されています。そこでは弘法さんの摩崖仏が見られるというので、参拝ついでに見に行くことに。

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 ほんの少し登っただけなのになかなか険しい道で、楽しい。しかし磨崖仏はどこに?目を凝らして巨岩をよーく見ると…

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 おお、意外にささやかな…。円の中に薄く彫られており、ハンコのようです。

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 こういうのが88あるということなのですが、ご覧のとおり風化が進んで全部見つけるのが難儀そう。上まで登るともっとたくさんの磨崖仏が見られ、他に「怪猫の足跡」というわけのわからないものまであるようでそそられるのだけれど、ついうっかりサンダルで来てしまったので(どういう取材だ)、今日のところは入口をさらっと見ただけで引き返した次第です。
 それにしても最近は更新頻度が低いのに、石とか像とかが続く…。
(まさ)
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小二宮

2017年04月23日
 先日、幸田町六栗(幸田駅の西側)を通りかかった際に未見の八幡宮に立ち寄ってみたところ、鳥居の横に二宮金次郎像を発見。学校でない場所に金次郎像が建つ例はたまにあります(こことか→●□)。

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 昭和9年に寄進されたもので、台座には「立身斎家而以守国土」とあります。ただ、台座の割に像がかなり小ぶりです。もしかすると以前は銅像で戦時中に供出されて、戦後に石像を再建したのかもしれません。小さい金次郎像も例があり、個人購買者向けに製造されたタイプではという話もどこかで聞いたような気が…。

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 ここにはこのような「五輪記念」の幟立ても。背面に昭和39年と建立年が刻まれていたので、東京オリンピックのときに建造されたのでしょう。
 そういえば先週放映されたNHK連ドラ「ひよっこ」で、茨城の村で村民による聖火リレーが開催されたという回がありましたが、六栗でもなにか独自の記念イベントが行われたのかもしれません。
(まさ)
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三面モンキー

2017年04月14日
 三猿といえば、下野庚申堂の少し前に行った蒲郡市三谷の八剣神社でも三猿像に遭遇しました。

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 拝殿の東側に、昔の工場みたいなセメント製(?)の巨大な塀があります。最初は、この神社らしからぬ風情の建造物に目を奪われました。

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 で、塀をじっくり観察しようと思って近付いてみると、その端に何やら石造物が。

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 これがなんと三猿なのでした。なんでまたこのような場所に…。

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 よく見ると、見ザル言わザル聞かザルが背中合わせになった一体の像です。しかも塀の幅にピッタリの小ぶりなサイズ。塀とセットで作ったとしか思えません。
 この下のほうに取り付けてあった銘板によると塀の建造は昭和12年で、60人ほどの奉献者の末尾に「石匠 今井元治」という名が見えます。この人が、塀を建てたついでに自作の三猿像を奉納したのでしょうか。
(まさ)
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名作モンキー

2017年04月11日
 その旧福岡町下野には「下野庚申堂」という有名物件があり、そちらもついでに見物に行ってみました。

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 案内板によると創建は鎌倉時代、堂内に祀られる秘仏の青面金剛は行基の作。鳥居の横には新愛知新聞社制定の「岐阜県十名所」に選出されたことを記念する昭和二年製の標柱が立っています。新愛知は中日の前身で、岐阜県十名所はたしか読者投票で決められたもの。愛知県版もあり、他所でも同様の標柱を見た覚えがあります。
 有名物件豊富な岐阜県下でベストテンにランクイン(組織票説も…)するほど昔は参拝客がとても多かった、という話をかつて地元の人に聞いた覚えがありますが、今は静かなものです。北恵那鉄道でやって来た参拝客は、谷底にある美濃下野駅から河岸段丘上のここまでゾロゾロ歩いてきたのでしょうか。
 で、本堂の前にはこのような名品が。

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 セメント像の三猿だ!製作者銘および建造年は見当たらず。雰囲気からすると十名所選定の頃に造られたように思いますが。

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 気に入ったので顔のアップも。体毛の作り込みの細さに職人技がうかがえます。

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 でもって三猿の反対側には眼光鋭い鶏も(詳しくは知らないが青面金剛には猿と鶏が付き物らしい)。脇の子はエサをついばんでいます。猿ともどもリアルな造形および情景描写なのは、写実主義の作者だったからでしょうか。
(まさ)
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カンバンの手帖ブログ版0347

2017年04月10日
 先月半ば、とある取材で中津川の福岡地区に行きまして、取材後の空き時間に北恵那鉄道(中津町~下付知・昭和53年廃止)の美濃下野駅跡をチェックしてみました。

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 駅前通り。この橋の向こうの右側に駅があったようです。いっぽう左側には、このようなブツを発見。

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 北恵那鉄道株式会社が設置したカンバンだ!社名は廃止翌年に「北恵那交通」に変更しているので、おそらく廃止直後のものと思われます。

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 で、何が危険かというと、カンバンの向こうに付知川支流の柏原川に架かる鉄橋の残骸があるのでした。
 まさ)
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THE 整列

2017年04月07日
 春夏秋冬叢書「そう」54号連動ネタ。
 三河遠州の産物と他地域の産物の意外な結びつきを探る自主企画「三遠南信産××育」、今号は幡豆蒲郡あたりで生産されている麻綱が、多治見の高田で生産されている酒徳利・焼酎徳利の「飾りの紐」として使われているという話題を発掘して記事にしました。

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 コレです。主に土産用の酒徳利・焼酎徳利は全国シェアのほとんどを高田焼が占めており、飾りでくっついている手提げ紐の主要供給地が実は幡蒲(のあるメーカー)である、と。
 今までさんざん誰からも顧みられないようなものに目を付けてきた私ですが、これはもう究極レベル?取材させてもらった窯元の成宝園さんも「知らなかった…ていうか、どこ産かなんて考えたこともなかった」と言っておられた。

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 こちらの窯元は昭和11年の創業。今は型から起こして成形していますがかつてはロクロで成形しており、創業者の成瀬教造氏は「ロクロびきの最後の名人」と呼ばれたほどの人物だったとか。教造翁は、最盛期には一升徳利を1日300~350本も作っていたというから驚異的です。で、昭和58年に「多治見市人間文化財第1号」に認定されたとのこと。すごいい名前の制度だ。

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それにしても、天日の下にズラっと焼成前の徳利が並ぶ光景は美しい。

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 うーむ、天日干しでなくても並んでいるだけで美しい。こちらではオーソドックスな徳利だけなく、醤油差しや変わった形のものまで、自在に容器を作っているそうです。
(まさ)

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三河 de 出雲

2017年04月04日
 春夏秋冬叢書「そう」54号連動ボツネタ。豊川よりさらにもうひとつ「子」の付く地名。

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 院之子のすぐ南西、豊川放水路に面した集落、柑子町です。「こうじ」と読みます。どういうつもりでコウジにこの漢字を当てたのか、まったく不明。豊川の郷土誌によると柑子の西に条里制水田があったといいいます。田んぼの形が格子状だったので、それが転じて柑子になった…くらいしか思いつきません。
 この集落の氏神は、東三河では珍しい「出雲神社」。資料によると「三河国造の大祖を祀る社」だったらしい。ここから北西約5kmの国府にある大社神社の起源が「三河国司の大江定基卿が出雲国大社より大国主命を勧請した」ということなので、何か関係があるかもしれません(ないかもしれません)。
 
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 その出雲神社はなかなかのインパクト。折れた標柱が「出雲」の文字だけ見えるようにして地面に差してある!そして鳥居の前には立派な門柱が!
 雲が出づるごとくいろいろ謎が湧き出てくる集落と神社ですが、余力がないので詳しい調査&考察はまたいつか…。

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 ついでに、柑子町付近の堤防から豊川放水路の分流点を久々に見物。水制として川の中に設置された杭が立ち並ぶ様がなかなか味わい深くて…と、ここでも共感を得られなさそうなことを思うのであった。
(まさ)
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プリンス・トヨガワ

2017年04月01日
 共感を得られにくい風景ばかりでもなんなので、院之子の名所なども。

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 この界隈で最大の見ものといえばコレ、霞堤の遺構。霞堤とは、詳しく書くと長くなるので各自検索してください。院之子を囲むこの小ぶりな堤防は実に雰囲気がよくて視界も良好、農村景観を鑑賞するにはもってこい。

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 続いての見ものは、天白社と長光寺。塀を挟んで隣り合い、それぞれの境内に見事なイチョウが聳え立っています。豊川市のイチョウといえば大和の大イチョウ(→●□)が有名ですが、こちらもなかなか。
 えー、院之子の名所は以上です。

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 天白社の片隅にはなぜか腕用ポンプが放置してありました。一部マニアにはこれも見どころかと…。
 ちなみに僕が10年チョイ前に所属していた揖斐川町消防団では、出初式で伝統的な階梯操法(ハシゴに登るヤツ)と腕用ポンプ操法を披露するのが慣例で、僕も腕用ポンプの漕ぎ手をやらされたことがあります。垂直に差し込んだ太い木の棒を何人かでギコギコ漕いで放水するのですが、メチャクチャ重くてなかなか水が出ないうえに操法としては動きが地味すぎ、派手な階梯操法に観衆全員の注目が集中するもんで「コレ、やる意味あるの?」と思ったものでした。
(まさ)
東三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)
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