現時点での聖地

2017年01月30日
 4日の朝に下関市吉見の友人宅を辞したあとは、山陰線と山陽新幹線を乗り継ぎ、5歳児たっての希望で広島に立ち寄り。何が目的かというと、マツダスタジアムです。昨年、祖父の影響で野球を覚えた5歳児は、快進撃で盛り上がったカープのファンになり「やまぐちにいくならひろしまもいきたい!」と。
 幼児というのは単純なもので、そのとき強いものに憧れます。なので、去年もし別のチームが優勝していたらそのチームのファンになっていたことでしょう。東海圏の人間になのに中日から入らないというのがヒネクレモノの父(わたくし)に似すぎで嘆息しますが、僕も別に中日ファンではないし、巨人が好きなどと言い出さない限りは子供の意志を尊重する所存です。

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 そんなわけで、広島駅で下車してさっそく駅構内のグッズ売り場でカープの帽子を購入し、やって来ましたマツダスタジアム。女性取材記者(ただの観光客)も赤いカーディガンを羽織ってファンを装っております。

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 外観だけ見るつもりで来たのだが、なんと球場内に入ることができたのには感激!スタンド中段は非開催日も開放されており、公園のように一周できるようになっていました。なんという粋な計らい。ファン心理がよく分かっている。

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 グラウンドを見つめ、将来のカープ入団を夢想する5歳児と、興奮のあまり今シーズン中の再訪を誓う女性取材記者。
 このあと、帰省した親戚を見物に連れてきたという「生まれてこのかたカープ一筋」の地元のお婆さんが、カープの帽子をかぶった5歳児に目を留め、話しかけてくれました。

「あら~、カープファンけ?どこからきたの?」
「あいちけん!」
「えっ、愛知の子なのにドラゴンズじゃなくて!?まぁ~、ありがとね!誰が好きなの?」
「エルドレッドと黒田と安部!」←親も初めて知った
「まぁ~!おばちゃん、あなたと出会えたこの日を忘れんけんね!」

 今年、広島以外のチームが優勝して5歳児がそっちに乗り換えたりしないことを願うばかりである…。

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 で、球場近くの店で帽子をかぶったままお好み焼きを食ったのでした。
(まさ)
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下関市北部の諸名所&HINOMI

2017年01月28日
 宇賀本郷駅のほかに、友人の案内で回った下関市北部の旧豊浦郡豊浦町・豊北町あたりの名所をいくつか。

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 豊北町二見地区にある「夫婦岩」。国道9号の断崖直下の巨岩で、前日に注連縄の張り替え神事が行われたとのこと。二見浦の夫婦岩というと東海地方の人間にとっては伊勢のそれしか頭に浮かびませんが、こちらもなかなか。

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 豊浦町川棚地区にある国指定天然記念物「川棚のクスの森」。楠の巨木の樹勢が猛烈すぎて一本だけで森のように見えるので、昔からこのように呼ばれているとのこと。天然記念物の楠というと東海地方の人間にとっては蒲郡の「清田の大クス」しか頭に浮かびませんが、こちらもなかなか。

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 そして同じく川棚地区にある「虚無僧墓」。墓なのに御堂て、どうゆう事?

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 中を覗くと本当に墓が!御堂に墓だけ祀られているところというと東海地方の人間にとっては…ありそうだけどパッと思い浮かばない。
 この前に建てられている中国自然歩道の案内板には、この墓のなかなか壮絶(?)な由来が書いてありました。以下、全文引用(改行は筆者)。
 
 天保年間(西暦1830~1843年)のころ、一人の虚無僧が小野の地にやって来て、尺八を吹いているとき以外は酒ばかり飲んでいました。そんな虚無僧を村人たちは、敬遠していました。ところが、村の娘が山賊に襲われたとき、娘を無事に救い出したのは、この虚無僧でした。
 弘化3年(西暦1846年)9月15日、朝から「ウンウン」唸っていた虚無僧は、突然、川棚川の河原に走りだし、大きな岩に頭を二度三度ぶっつけて倒れました。死ぬ間際に虚無僧は、「私は脳を冒されたために何もしてあげられなかったが、私の墓を建てて酒を供えてくれれば、あなたたちの苦しみを和らげてあげよう」と言い残して息を引き取りました。
 村人たちは、虚無僧が頭の痛みを和らげるために酒を飲んでいたことを初めて知り、墓を建てて供養しました。河原にあった虚無僧の墓は、大正13年(西暦1924年)、現在の場所に建て替えられました。


 まだ200年も経っていない話だとけっこうリアリティを感じます。この墓の背後には「伝・小野小町の墓」もあるのですが、小野小町は時代が古すぎるし伝説があちこちにあるので、地元の人には申し訳ないがファンタジーな感じ。

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 この墓の前にある路線バスの停留所名は、ずばり「虚無僧墓」。この旅情!次来るときは川棚温泉駅からこのバスに乗ってここで下車してみたいものです。
 で、虚無僧墓から車で北へ5分ほどの豊浦町大河内地区では、例によってHINOMIが!

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 電柱転用で半鐘は双盤という、これまた素晴らしいものであった。
(まさ)
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無人駅の刻印

2017年01月27日
 先の記事で、宇部線で黄色い電車を見て驚いたと書きましたが、非電化の山陰本線では昔の主流だった朱色のディーゼルカーが走っており、懐かしさに感涙。

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 吉見駅にて。当地在住の友人はこれに乗って通勤しているというからうらやましい。
 感涙したのは列車だけではありません。滞在中、その友人の案内で山陰線沿線の海岸や名所をウロチョロした途上で寄ってもらった吉見駅から北へ20kmほどの宇賀本郷駅は、映画かなにかの舞台になりそうな素晴らしい雰囲気の無人駅で、これまた感涙でした。

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 人家の少ない集落の外れに、小さな待合室と片面ホームの駅がポツン。駅名標の文字は国鉄時代の角丸ゴシック。ホームと海の間に広がる荒涼とした枯れ田によって際立つ「果て感」。久々にグッとくる駅に遭遇し、身体を打ち震わせ涙を流したのであった(オオゲサ)。

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 駅ネしたくなる風情ですが、フェンスに「密航・密漁110番」と書かれたカンバンが掲示してあるので、実際する段になったら二の足を踏むでしょう…。

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 駅前広場の一角には味わい深い「宇賀本郷駅設置記念碑」が。そこらへんの山から拾ってきたような石です。背面に刻まれた年号を見ると、開業は昭和33年7月19日と意外に新しい。

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 で、ホームの端には「1958-7 技工団」の銘が!駅のホームに施工者の名を刻印するのは珍しいのではないか?
 公共団体ぽい名前からして国鉄の土木工事部署かと思いましたが、ネットで検索したところどうやら山口県の老舗建設業者らしい。この会社のサイト内の「技工団の歴史」というページを見ると、なかなか深い歴史が書いてあります。
(まさ)
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HEY、塀、ホー

2017年01月25日
 友人宅のある下関市吉見は、海べりは日本海側らしい漁村風景、少し内陸に入ると中国地方らしい農村風景が見られ、地区を取り囲む山々の形はいいし、駅周辺には天ぷら(はんぺん)を売る店が何軒もあったりして、一発で気に入りました。友人は当地出身ではなく移住者なのですが、いい土地を見つけたものです。

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 そんな吉見を地元民ヅラして徘徊してみると、漁港の近くで赤煉瓦の建物の隙間に伸びる味わい深い路地を発見。

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 いやもう、実に味わい深い。赤煉瓦の塀や建物は他にもいくつかあり、これだけで町おこしネタになりそうだ。
 ところがさらに町の中を探検してみると、どうやらこの町には赤煉瓦よりもセメント煉瓦のほうが多いことに気が付いた。

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 おお、なんだか味わいが微妙な感じになってきた。

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 中にはトタンと一緒に塗装した箇所まで。
 そして山寄りの集落ではセメント煉瓦の塀と赤い石州瓦という珍しい景観にも遭遇し、5歳児も興味津々だ!

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「とくにきょうみないですよ、おとうさん」

 それにしても、このようなセメント煉瓦の塀を東海地方では見た記憶がありません。この地域特有のものなのか?山口県には小野田というセメント産業で栄えた町があるので、そのあたりの歴史と関係があるのか?ていうか、そもそもこれを「セメント煉瓦」と呼んでもいいのか?
 図書館に行って郷土資料を漁りたいところでしたが、正月なのでまだ開いていないのであった(家族旅行中に地元の図書館に寄るのもどうかと思うが)。
(まさ)
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日本海SHOW YEAH!

2017年01月23日
 目的の友人宅は下関の市街地から北へ約15km、山陰本線吉見駅の近くになります。山陽本線と山陰本線が接続する幡生駅16時53分発の鈍行で行く旨を友人にメールすると「その列車だと福江駅と吉見駅の間で海に沈む夕日が見られるゼ!」と地元民ならではのレア情報を提供してくれました。

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 おお、ローカル列車から眺める日本海の夕日は格別だ!山口県&山陰線初体験の5歳児も車窓の絶景に見入っておりました。
 でもって滞在中は、友人の案内で下関の日本海を堪能させてもらいました。

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 福江(渥美ではない)の海岸で、日本海の冬を満喫する女性取材記者&5歳児。このクソ寒いのに裸足で…。

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 天気の良かった3日は豊浦町小串の海岸へ。まるで沖縄のような、感動的なマリンブルー。

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 さらに北上して豊浦町宇賀では、迫力満点の断崖絶壁。うーむ、山陰ぽくて実にいい…と思ったが、よく考えると下関は長門で山陽なのでした。

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 そして友人の地元、吉見ではパーフェクトな景観を拝むことができて感涙でありました。
(まさ)
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国鉄の匂い~宇部新川駅編

2017年01月22日
 立川、利根に続いて、またも東海地方の人にはあまり馴染みのない地域のネタ。
 正月は午前中に千葉県北総の義両親宅を辞しまして、下関市郊外に住む友人宅を訪ねるべく、飛行機で羽田空港から山口宇部空港へ飛びました。5歳児は人生初フライトおよび人生初山口県にテンションが上がりっぱなし。私と嫁は2008年8月に周防大島(→●□●□)や下関(→●□)を巡って以来の山口県になります。
 宇部空港からはJR宇部線・山陽線・山陰線を乗り継いで目的地へ向かいます。空港から徒歩5分のところに草江駅という聞いたこともないマイナー無人駅があるのでそこから乗ってもよかったのですが、事前にグーグルマップのストリービューを見たらイマイチ面白味のなさそうな駅だったので、20分ほどバスに揺られて宇部市の中心部にある宇部新川まで行ってみました。

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 宇部新川は国鉄臭がプンプン漂う昭和23年築の素晴らしい駅舎が健在!

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 高い天井が超絶味わい深い!

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 広い待合スペースも最高の居心地!

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 キヨスクがセブンイレブンになっていたのには一瞬「ハァ?」という感じでしたが、駅舎のよさに免じて許そう、という気にもなります。なお、5歳児はここで2017年の初アイス(ガリガリ君ソーダ)を購入。

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 改札を抜けてホームに出ると、駅舎と乗り場の間に緩い傾斜のついた異様に広いスペースがあり、おまけに一角にはオモチャの白鳥を浮かべた大きな池&築山まで設えられており、もう完全に登録文化財級!

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 そして見慣れない黄色い電車に、父子揃ってのけぞった…。
(まさ)

◎「国鉄の匂い」シリーズ
都城駅編→●□(2008.03.26)
吉都線編→●□(2008.03.27)
新宮駅編→●□(2014.05.25)
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中流管理録トネ町

2017年01月21日
 前回の立川市が意外なことに「東海の郵政関係者には馴染みが深い」というコメントをいただいたので、今度はさらにマイナーなところを…。
 千葉県北総に滞在していた大晦日の夕暮れ時、暇つぶしに県境を超えて茨城県利根町に行ってみました。滞在地の北総線沿線から車で15分ほど、地名のとおり利根川のほとりにある、茨城県の南の端に位置する町です。東海地方どころか首都圏の人にもほとんど馴染みが無いんじゃないかと思うので、国土地理院の地図を貼り付けておきます。



 この町に関して知っていることはなにひとつないのですが、地図だけ見て推測するとこんなところ。
・中心地の布川は、千葉県側の木下・大森・布佐と並ぶ利根川の湊町として栄えた(たぶん)
・その布川は利根川の水上交通と龍ヶ崎・土浦方面への街道が交わる交通の要衝で、宿場町的に発展した(たぶん)
・最寄駅は対岸のJR成田線布佐駅だが、文化・経済的には取手との結び付が強い(違うかも)
・住民の主な買い物先はイオンなど大型商業施設が集まる千葉ニュータウン中央や印西牧の原(たぶん)
・昭和末期~平成初期に宅地開発が進んだ(微妙にズレてるかも)
・これといった名所はないが、田園風景はチョー凄い(たぶん)

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 とりあえず堤防から利根川を眺めてみました。前にも書いたが(→●□)、このあたりの利根川は実にどうもパッとしない風情です。地形的なメリハリがないのでしょうがないが。
 利根町の中心市街地である布川の町は、この堤防下に広がっています。

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 シブい、シブすぎる!きっと昔はそこそこの規模の商店街が形成されていたと思われます。ただ、商店の数に比して住宅はけっこう建て込んでおり、決して町が小さいというわけではない。

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 市街地の北に小高い丘が伸びており、その麓に商工会館と布川町道路元標(ポストの前に見える石造物)がありました。ここが旧役場でしょう(たぶん)。道路元標の設置が始まった大正11年に「町」だったということは、それなりに大きな町だったことを示しています。

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 ここから少し西に行った丘の上には布川神社がありました。今晩から多くの地元民が参拝に訪れることでしょう。
 なぜか狛犬が参道石段下の鳥居の前に、しかも正面を向いて置かれており、この違和感が布川でもっとも印象に残った次第。
(まさ)
東日本 | Comments(0) | Trackback(0)

立川豊川

2017年01月18日
 年末年始の関東遠征では、昨年に引き続いて(→●□)競輪グランプリの本場観戦が叶いまして、20年ぶりに立川市に行きました。
 立川は、競輪に手を染めていない東海地方の人にはまるで馴染みのない町と思います。大雑把にいうと、JR中央線の沿線に位置する東京西部・多摩地区の中心都市で、昭和記念公園と自衛隊とモノレールがあり、あとは特に…。

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 壁のような駅ビルがバーンと建ち、

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 駅前通りには巨大な街路樹がドーンと伸び、トイレのタイルのような壁面の商業施設がズーンと構える町です。

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 駅前は首都圏らしくごちゃごちゃして賑わっているふうなのだけれど、少し歩けばもう住宅地の様相で、なんというか、大きいのか小さいのかよく分からない町、というのが正直なところ。愛知県でいうと、春日井の勝川を10倍ほどビッグにした感じ?
 で、写真の柱型カンバンに導かれるままに競輪場の方へ歩いていきますと、途中に三河発祥のモノを発見。

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 豊川稲荷立川分霊所だ!

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 小ビルの谷間にある小さな社で、豊川の本山で見慣れた赤白の千本幟も奉納され、もちろん狐像も安置されています。しかし、社務所はあるものの人は不在、由緒を記した案内板もなく、詳細は不明。
 豊川稲荷といえば「そう」53号で港区赤坂にある豊川稲荷東京別院について書いたので、興味のある方はご覧ください。

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 でもって肝心のグランプリは、お稲荷さんの石造物や拝殿まわりのチェックに熱中するあまりロクに手も合わせなかったのが祟ってか、惨敗であった。うーん。

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 帰り道はかなりシブ度の高い商店街「シネマ通り」を、他のオケラの皆さんとともにトボトボと…。以上、かなり偏った立川散策レポートでした。
(まさ)
東京雑 | Comments(2) | Trackback(0)

秘打!白鳥の水田

2017年01月07日
 本年もよろしくお願いいたします。

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(千葉県印西市本埜地区の初日の出)

 今年は暮れから元旦の朝までは義両親の移住先の千葉県北総ですごし、昼過ぎの飛行機で羽田から山口県の山口宇部空港に飛んで、1日夜から4日までは下関在住の友人宅に滞在、帰りに広島でちょっと遊んで自宅に戻るという、なかなかアクロバチックな動きをしてみました。
 元旦は日の出の少し前に起き出して、千葉県が誇る美しき田園地帯、印西市の本埜地区(→●□)を車で徘徊。上の初日の出写真は、地元の名所「白鳥の郷」の近くで撮ったものです。
 その「白鳥の郷」は、県道沿いにカンバンが出ているので前から気になっていました。このエリアで白鳥が飛来するなら印旛沼や周辺に点在す小さい池だろう、と思って現地に行ってみたら、ぜんぜん違っていて驚いた。

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 飛来地はなんと、水を張った田んぼの一区画であった。いやー、実にシブい。
 案内板によると、平成4年に排水路工事のため一時的に水を張っていた田んぼに6羽の白鳥が舞い降りたのを地元の人が発見したのが始まり。平成7年に近所の人が白鳥飛来地用に田んぼを提供し、以来、保護活動を行っているとのこと。

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 白鳥を見物したあとは、印旛沼と利根川を結ぶ長門川を眺めたり、

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 JR成田線の本埜踏切を眺めたりと、印西の美しき地味景観を堪能したのであった。なお、正月早々のマニアックな田園地帯探索に、当然ながら妻子は伴っておりません。

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「ついていけませんよ、おとうさん」
 広島・マツダスタジアムで秘打・白鳥の湖のイメトレに励む5歳児。
(まさ)
千葉雑 | Comments(0) | Trackback(0)
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