ぐぐってくぐって

2016年09月30日
 先日、とある取材で岡崎駅の近隣の方に「岡崎駅南方のJR築堤にレンガ造りのトンネルがある」という話を聞き、踏切やガード下マニアとしては捨て置けないとさっそく見に行ってみました。場所は若松町字山田下、旧名鉄バス専用道路(→●□)の東海道線アンダークロス地点のすぐ北側です。

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 おお、見事なアーチ。情報源の方によると、農道と用水の兼用だったそうで、今でも近隣住民がよく利用するとのこと。ホンマかいな?と思っていたら、この場所にいたわずか十分弱の間に4、5人も通行人があって驚いた。東側に「レスパ」という商業施設があるからでしょうか。

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 しかもその全員が自転車。頭ぶつかる!と思いきや意外と楽勝。うーむ、僕も自転車でここを通り抜けてみたい。

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 そして内部の超絶な美しさに卒倒しそうになったのであった。

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 で、くぐり抜けて西側に出たら、無味乾燥な築堤補強にガッカリという…。
(まさ)
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タウンサインの研究0072

2016年09月23日
 その小金井で遭遇したストリート名称サインをいくつか。画像クリックで拡大してご覧ください。

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 武蔵小金井駅北側の「Musako1番街」。一瞬意味が分からなかったが、ムサコ=ムサシコガネイの略らしい。地元だけでしか通用しない略称に出会うと「知らない町を旅してるなぁ~」という感慨が沸き上がる…のは僕だけ?

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 同じく駅北口の「仲通り商店街」。昔の色街の香りがする飲み屋街。フラッグに記された「ふれあい横丁」という文言と書体が、なんというかダサホッコリという感じで町の雰囲気に合っており、好感が持てます。

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 そして通りの突き当りには、ふれあいの場が。

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 駅南口に行くと、FC東京のフラッグがずらりと並ぶ「農工大通り」が。地元のランドマーク的な学校・工場が入った商店街名に出会うと「知らない町を旅してるなぁ~」という感慨が沸き上がる…のは僕だけ?
 それにしても小金井は新しいストリートサインばかりで、マニアにはいささか食い足りません。と思っていたら小金井を去る間際、南口から東に伸びる細い通りの奥に良品に遭遇。

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 アーチ状に配されたネオンが昭和的な「ジャノメ通り」。この先にかつてジャノメミシンの工場があったという話。
(まさ) 
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樹木シティ

2016年09月22日
 春夏秋冬叢書「そう」52号連動ネタ。
 自主企画の「三遠南信産××育」では、廃れつつあった豊橋名産の帆前掛けを「発見」し、復興への道筋を付けた東京の服飾プロデュース・製造会社「有限会社エニシング」を取材させてもらいました。

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 帆前掛けとは、昭和の商人が腰に巻いているイメージがある、これです。シブい!詳しくは本誌をご覧ください。
 エニシング社長のNさんは頻繁に豊橋に来られており、こっちで取材を済ませることもできるのですが、そもそもこの企画は「三遠南信とつながりのある遠隔地に行く(取材の名目で大手を振って遠くへ行く)」ことがテーマ。なので、ほの国百貨店で開催されたイベントで取材を依頼し、後日改めて東京にある会社を訪ねました。

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 東京といっても23区ではなく、中央線沿線の武蔵小金井です。ここは初めて。

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 会社を訪ねる前に駅前界隈を少しウロウロしてみたのですが、目抜き通りにマンションが立ち並び、いまひとつ興をそそらない風情です。大東京のベッドタウンだしこんなもんか、と思いつつ駅から2キロほど離れた住宅地にある会社に向うと、雰囲気が一変して驚いた。

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 住宅エリアは緑が異様なほど多いのである!
 自然木を生かしたのか後から植樹したのかはわかりませんが、どの民家の庭にも必ずと言っていいほど木が植わっています。ここまで庭木が多い町も珍しいのではないでしょうか。とりあえず東海地方では、ここと似た風情の町は思い浮かびません。
 単に「閑静」というだけでなく、そこはかとなく漂う「豊かさ」と「ゆとり」。これまでまったくイメージが湧かなかったけれど、これが武蔵野なのか。
(まさ)

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カンバンの手帖ブログ版0339

2016年09月21日
 春夏秋冬叢書「そう」52号連動ネタで、前回の続き。
 県道岡崎足助線沿いの石楠町大楠で、このようなものを発見。

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 自然散歩道モデルコース案内板です。石楠町を横断して坂上町に抜けるルートを設定し「山峡の道」と名付けたもの。
 昭和40年代後半~50年代前半に、東海自然歩道(昭和49年設定)の影響か国の健康増進施策の影響か何かで、各地の自治体で自然散策路設置のブームがあったらしく、これもその一環…と思われます。同じ体裁の案内板を市街地の挙母神社境内でも見たことがあり、旧豊田市のあちこちに設置されたのでしょう。憶測で書いていますが、図書館や市役所に調べに行くほどのネタでもないので…。
 地図の等高線がはっきり描かれ、地形がよく分かるのがいいですね。判読困難の文章は以下のとおり。

山峡の道 石楠町~坂上町 4.0km
 名木の巨木群が生い茂る大楠神明社から、大楠川に沿って山峡の道を進み、所石津嶋神社の幽玄な名木を拝み、天下峰の巨岩■■■■■■■、■■■■■■■■■、■■■■■なコース


 もう後半は面倒くさいのであった。

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 自然散歩道は自然消滅したようですが、これとは別に「石楠自治区ウォーキングコース」の案内板がありました。昨年設置された新しいもの。
 地域住民向けらしく、自然探索よりも正確でキリのいい距離を示すことに主眼が置かれているようです。町域の中央に建つ「道路改修記念碑」というマニアックな石碑が基準点になっています。

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 その道路改修記念碑は昭和23年の建立。まっすぐで狭い急坂を、車馬が通行できるようつづら折れの道(現在の車道)を開いた…ということではないかと思いますが、苔にびっしり覆われており碑文の解読は困難。写真の左に見えるのが記念碑、写真右半分の草むらが旧道。

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 あと、一枚目の写真でコースの終点にあたる坂上町には、古びた松平観光自然歩道案内板が残置してありました。ふたつの遊歩道がちょうど接続する地点で、歩き継げということか。
(まさ)

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◎マルカドブックス
7冊更新しました。

0260 さよなら、シリアルキラー(バリー・ライガ)→●□
0261 天白紀行(山田宗睦)→●□
0262 飯田・上飯田の歴史 下(飯田市教育委員会)→●□
番外 豊橋市の今昔(樹林舎)→●□
0263 一九八四年(ジョージ・オーウェル)→●□
0264 ハイ・ライズ(J・G・バラード)→●□
0265 キッドのもと(浅草キッド)→●□
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大石楠ノスケ

2016年09月17日
 春夏秋冬叢書「そう」52号が発売されております。今号のキーワードは「食」。私は例によって地名探訪と三遠南信産××育を、女性取材記者(まり)は行事食(涅槃団子)、食紅(御津の「どんぎ」という祭礼行事)をやっております。
 さて地名探訪。食の付く地名は全国的に見ても大変少なく、パッと思い浮かぶのは千葉県の安食(あじき)、岐南町の印食(いんじき)、高知県の和食(わじき)くらいでしょうか。創刊号以来の企画もいよいよここまでか…と思ったら、豊田市石楠町(せきなんちょう)に「小食沢連(こじきぞうれ)」という小字があって驚いた。おかげで37号の「冬」地名のピンチに続いて(→●□)こちらも乗り切れました。三遠南信には地名の神がいる…。
 それはさておき、小食沢連の前にそもそも石楠町がどこなんだ?というマイナー地名ですが、松平地区の北部になります。



 石楠は「大楠」と「所石」の合成地名で、県道沿いの神社周辺から、巴川の支流をのぼり「上切」と記されたあたりまでが大楠、その奥が所石です(地理院地図からはなぜか大楠の名が抜け落ちています)。
 とりあえず順番に辿ってみますと…。

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 県道岡崎足助線沿いの大楠である。名鉄バスの大楠バス停付近。

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 地図の「上切」あたりである。地域バス・松平ともえ号の停留所名は「石楠中」。

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 そして最奥の所石である。いやー、シブい。
 地形的にはたいして険しくはないんだけれど全体的に奥地感が漂っており、西三河の中山間地小集落の典型といったところです。
 このうち小食沢連は二枚目の「上切」あたりの小字で、マピオンの小縮尺でないと標示されません。写真のように地味なところですが、民家の周りに小屋ほどの大きさの巨石がいくつか転がっており、なかなか面白い風情です。
 マピオンで確認すると、集落の上に通じる林道沿いも字小食沢連だったので、念のため林道沿いも見に行ってみたところ、道路沿いの急斜面の木立の中にまるで山崩れでもあったかのように無数の巨石が剥き出しでゴロゴロしており、あまりの奇観にぶったまげた。

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 ゴローン。

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 ドドーン。て、この写真じゃたまげるような感じでは全然ありませんが…。木が生えすぎ&石がデカすぎで、どうやっても無数の巨石がゴロゴロ感のある写真が撮れないのであった。
 散策路でもできれば名所化間違いなしと思えるほどでしたが、アクセスは悪いし、斜面が急すぎて危険だし、整備されることはないでしょう。ただ、こんなところでも一部の好事家には知られているようで、地元の人の話ではボルダリングに来る人がたまにいるらしい。その登岩家が忘れていったと思われる軍手が一組、巨石の上に残っておりました。
(まさ)

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神社の土台の珍しいヤツ

2016年09月10日
 8月半ば、豊川市の豊川河畔あたりをうろうろしていた際、三上町の三上橋西詰近くでたまたま目に入った蒜生神社にふらふらと立ち寄ってみました。

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 特にどうということもない小さな神社です。
 しかし、普通の神社と比べるとなんか違和感があり、ぞわぞわさせられます。その理由のひとつは狛犬が正面を向いていること。ナゼ?そしてもうひとつは、拝殿の土台の石積みがやけに白っぽいこと。遠州では白っぽい石で組まれた石垣によくお目にかかりますが、三河で遭遇した記憶がありません。
 その土台に近付いてみると、物凄い「作品」でぶったまげた。

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 なんと上段部分の石に彫刻が施されているのである!ここに?ここに彫るか普通!?

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 見事すぎる浮彫である。

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 立体だけでなく線刻も美しすぎる。写真右は「瓢箪から駒」で、瓢箪の口から飛び出た馬が彫られています(クリックで拡大します)。
 題材は縁起物で、桜、松竹梅、岡目、「大学 一」のタイトルが見える書物、巻物に描かれた亀と「寿」の文字、宝珠、桔梗紋(紋か?)、あと自分の教養不足でなんなのかよくわからないものがいろいろで、全部で十数個。

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 いったいどこの誰がこのような名作を作ったのかと思ったらしっかり銘も入ってて、それを見てまたびっくり。「明治十九年 知多郡新知村 石工 竹内十助 同常吉」とあります。
 新知は今の知多市で、名鉄朝倉駅から古見駅のあたり。岡崎ならわかるが、なぜわざわざ知多の石工が?そもそも東三河内陸部と知多は繋がりがかなり薄い実感があり、二つの地域が関連する話題が思いつきません。
 近所の人から情報を得たいところでしたが、夏の盛りの昼下がりということもあって誰も見当たらず。とりあえずネットでは何も引っ掛からなかったし、ここはひとつ東三河でも知多でも仕事をしているわたくしが、そのうち両方で突っ込んだ調査をしてみようと思いますので請うご期待(誰が期待を?)。
(まさ)
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青、赤、黄

2016年09月08日
 気賀から天浜線で来た道を引き返し、豊橋へ戻ってきたらまだ15時すぎ。そのまま名鉄で帰りたがる5歳児を「カキ氷食べさせてやっから」となだめすかして、トリエンナーレ豊橋会場へなんとか行くことができました。
 岡崎もそうでしたが、この現代アートイベントの楽しみの一つは、普段は入れない、もしくは入ろうと思わない昭和の地味ビルの内部を、心置きなく観察できることです。会場のひとつが近年メジャー物件化した水上ビルというのがまた嬉しい。牟呂用水の暗渠上に昭和40年に建設されたビル群で、正式名称は「大豊水上ビル」。

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 6月に開催された「雨の日商店街」に友人が出店していたこともあり、一階の店舗部分はちょくちょく見物しているのですが、ブラジル人芸術家ラウラ・リマという方が二階以上の居住部分にも作品を展開しているというので、これだけは見逃せない。作品は、ビルの縦1ブロックを鳥籠にするというもの。

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 中に入ると、階段も通路も各部屋もけっこう狭い。へぇ~、こんなふうになってたんだ~。通路部分の青い床と、畳敷きの取り合わせがまたなんとも味わい深い。
 探検的な雰囲気に5歳児のテンションも上がっておりました。というか、カキ氷を食べたばかりなので…。

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 へぇ~、屋上もあるんだ~。実に新鮮な眺め。向かいに建っているようなマンションからではなく、老朽化したコンクリ越しというのがいいのです。

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 続いてもう一つの主会場、駅前大通に面した開発ビル。昭和47年の建築で、正面全体を覆うまるで防具のような出窓と、屋上に飛び出した角が印象的…というか、隣の名豊ビルと向かいの旧丸栄が外観的にも利用価値的にもインパクトが強すぎて、どうにも中途半端な印象が拭えないビルです。
 ここは階段が強烈だった。
 
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 床が赤、壁が黄のツートンなのである!

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 そして消火栓ボックスが黄で文字が赤!キレンジャーか!これ自体がほぼアート。いや、作った人がアート的な意識でデザインしたんじゃないかと思いますが。
(まさ)
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国鉄時代の木製ベンチの寝心地

2016年09月03日
 この夏はもう一路線、5歳児に国鉄転換ローカル線を経験させてやることができました(実にどうでもいい経験)。

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 天竜浜名湖鉄道です。気賀で「そう」用に撮りたいものがあったのでそのついで。当初は車で行くつもりも5歳児に拒否され、じゃあ列車に乗せてやると言ったらなんとかついてきてくれた次第。
 こちらも乗るのは学生時代以来20数年ぶり。新所原駅に来るのも7年ぶりくらい。JRでは残念なことに橋上化工事の真っ最中で、またひとつ、味わいの薄い駅舎ができあがるようです。20数年前には駅の南側はまだほとんど宅地化されていなかったような覚えがあるのだが。
 いっぽう天浜線の駅舎はそのまま残るらしく、それはそれで中途半端な…。

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 これまでの5歳児のローカル線経験は、先日の長良川鉄道のほかに四日市あすなろう鉄道(→●□)や帰省に利用した養老鉄道などけっこう乗っています。乗りこむまでははしゃいでいても走り始めてからはそのスピード感のなさに徐々にテンションが下降線を辿り、「ねえまだおりないの?」などとぬかしやがるのがパターンでしたが、どうしたことか天浜は気分のピークが長く続いて驚いた。変化に富んだ車窓風景のおかげでしょうか。
 ところが、都筑を過ぎたあたりから目がトロトロ。保育園の午睡タイムと同じ時間帯に差しかかり、眠気が襲ってきたようです。浜名湖佐久米で見える湖にも反応は薄く、目的地ひとつ手前の西気賀ではついに落ちてしまった。

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 気賀に着いても目を覚まさず、抱えて下りて駅舎内のベンチに寝かせたら、1時間の爆睡タイムに突入。う~ん。
 風通しのよい駅舎と、このタイプの古い木製ベンチは昼寝に最適で、昔よく無人駅で寝たことを思い出しつつ寝入る息子をしみじみ眺めたのであった。

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 やることがないので、国の登録文化財になっている駅舎(→●□)を隅まで眺めまわしてみました。建築は昭和13年。建物の下部と出入口まわりに貼り付けられた常滑焼っぽい風合のタイルや、エントランスの円柱がいい味わい。側面の大きな窓、床の三和土、木製改札口なんかも素晴らしい。惜しいのは駅舎玄関脇に自販機が置かれ風情を殺いでいること…って、駅舎観察をしに来たわけではないのに。
 目覚めた後、駅舎内にあるラーメン屋で大人分量のラーメンをたいらげ、満腹になったら思ったとおり「はやくかえろうよ~」と言い始めたので、目的の撮影は断念したのであった。
(まさ)
遠州雑 | Comments(0) | Trackback(0)

国鉄時代の跨線橋のブルース0002

2016年09月01日
 仕事のついでに酷暑の中を徘徊した前日もレジャーで郡上方面におりまして、5歳児連れで長良川鉄道に乗ってみました。乗車区間は美濃白鳥から郡上八幡までで、僕は20数年ぶり。5歳児は、国鉄からの転換路線は初めてになります…ってどうでもいいですが。
 久々の郡上八幡駅はほぼ越美南線時代の状態を留めており、文化財級。と思ったら、いつの間にか登録有形文化財になっていました。駅舎もいいですが、ここは木造の跨線橋が特に素晴らしい。

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 山間部の盲腸線の途中駅という地味な立場ながら、この重厚感は幹線級ではなかろうか。

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 ぶっとい筋交に板張りの床である。

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 この風情は、腰の曲がった年寄りもしくはマニア予備軍の幼児がよく似合うのである。昭和の野球帽をかぶった昭和な少年が、昭和の建造物に違和感なく溶け込んでおります。
 先日の北岡崎駅(→●□)は特に感想がないようだった5歳児も、ここは何か心に響くものがあったようで、眺めまわしながらギシギシ音を響かせて階段や通路を歩いて雰囲気を堪能していました。このような文化的価値が高いものに敏感な豊かな感性が育まれているようで、親の教育の賜物と言えましょう。

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「どうでもいいですよ、おとうさん」

 まあ、すぐに飽きたのであった。

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 オマケ。跨線橋ではないですが、少し南にある大矢駅(旧美濃下川駅)にはこのように極乙な横断通路も生きております。
(まさ)
中濃・東濃雑 | Comments(0) | Trackback(0)
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